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シチュお題でお話書くったー(http://shindanmaker.com/293935)様にて出た、「二人とも5才児の設定でお見合いで出逢うところから始まる主ヤマの、漫画または小説を書きます」というシチュがあまりにも萌えたので、RT数たりなかったけどそういうパラレルを書いてみました。
1/27は求婚の日だったみたいだしちょうどいいかなって!
『霊的な意味での様式婚姻』『性別関係ないツガイ』という発想は、anyさんの呟きからアイディアをお借りしました。この場を借りてお礼を申し上げます。
途中でちょっと未来が垣間見えちゃってるのは、霊力の高いウサミミさんと霊力の高さ+龍脈に縁のあるヤマトさんの魂が結び合わさったことで、一時的に限界突破してアカシックレコードが垣間見えたとかそういう感じです。
なんかこのウサミミさんは峰津院さんちにさっさと自分を売り込んで大和さんに会いに行きそうな気もするので、幼馴染パロもできそうな気がしますね!
幼いころに会っていた、は個人的にものすごいもえツボにはまるシチュエーションでございます…。
峰津院の長から、近いうちに婚姻の儀を執り行う、そのつもりで心構えをしておくようにと大和が言い渡されたのは、彼が五つになるかならないかと言う時分だった。
婚姻とは言うがこれから行われるのは、国の法律に基づく社会的な嫁取り婿取りではない。だが峰津院家の者にとっては物理的な結婚以上に重要な意味を持つ。
霊的な契約。たましいを繋ぎ、命を分け合う。文字通り一心同体となる伴侶を得るものだ。二人分の命をひとつにしたのちに再度二人に分ける。こうしておけば、たとえどちらかが死にかけても、伴侶の命があるかぎり死ぬことがなくなる。その死が必然の天命でない限り。そう言われる程強力な呪法だ。
龍脈を用いた秘術のひとつであり、一族の誰もが行うようなものではない。その命が必要となるまで惜しまれるべきであると見込まれた者だけが施される。強大な霊力と引き換えに虚弱体質の子供、命を狙われる立場の者などが対象だ。大和の場合は後者が当てはまる。
ひとの多くが霊的には零落しつつある現代に、歴代でも随一の霊覚を有して産まれた麒麟児。何れ長にと望むこえと同じくらいに、大和は周囲から畏れられた。峰津院は国の影。極端な異才は害になるのではあるまいかと。
食事に毒など珍しくもなかった。だから信頼できるものが用意し毒味したもの以外は決して口にしない。
もっとも生半可な毒や呪詛ではそもそも大和を殺すに到りはしないのだが。
物心つく前から痛みに、害に、霊的驚異に、耐性を持つように、強くなるようにと少しずつ作り替えられた。
骨肉に直接龍脈を御す術式を刻み、引き裂ければ龍脈で継ぎ接いで。やがては半ばひとでなくなって漸く大いなる概念を操るに足るのだ。
大和の身体はその組み替えの最中にあった。蛹の中身は柔く脆いように、今の時期が一番危険だ。
ゆえ住居は頻繁に変える必要があり、接触する人間はごく限られていた。何れ全て平らげる必要があるが今はまだ力が足りない。耐え忍ぶほかない。
なすべき使命は、ひとりであることを己の力に変えるくらいでなくては務まらないだろう。だから、己の身を不遇だとそう嘆く真似はするまいと決めていた。
いつの日か、自分の力を正しく示し、二心なく護国の使命に殉ずる姿勢を見せられれば理解を得られるだろうと、まだ幼い大和は信じていた。そのためにも生き残らなければならない。婚姻の儀式を受けることに不満はなく、寧ろ諸手を上げて歓迎するべきことであった。
加えて当代の長が大和の婚姻儀を行うと決めた事には、儀式がもたらす結果以上の意味がある。それは長が大和は峰津院に必要な存在であると認めた事に他ならない。後継か次代の補佐にか。何れにしろ儀式が完遂されれば、表だって排除まかりならぬという宣言になる。動きがあるとすれば、そうなる直前だろう。
長の呼び出しから数日を経て、儀式の前に婚姻相手と面通しを。そのように用意された席が、自身を疎ましく思う者たちにとっては最後の好機。
警戒に越したことはない、と。そう身構えて挑んだ大和の前に現れたのは――
「まっしろで、きれい。おひめさまみたい」
大和を見て、何の気負いもなく無邪気に笑う、青い目のこどもだった。
その子は大和よりひとつ年上だと聞いていた。実際食事に何かと制限の多い大和より背が高く体つきもしっかりしていたが六歳にもならない。あどけなさが服を着ているようなものだ。
着慣れないらしく、晴れの和装に少し窮屈そうにしていた。ふわふわとした黒いくせ毛が縁取る顔は愛らしかったが女児ではない。
霊的な婚姻において肉体的な性別はさほど重要視されない事柄だ。たましいの質、霊的な素養の相性こそが物をいう。目の前の男児は、日本全土を探して選ばれた、大和の番いに相応しい存在である、筈だ。
実際大和の霊視は、青い目の子供の内に星のような煌めきを見ている。青白く清浄、類稀な美しく強い輝きだ。
目の前の相手はまだ幼い。これから如何様にも変化していくだろう。今見ているものは先ぶれに過ぎず、片鱗でこの光輝ならば、長じればどれほどの者となるだろう。
中には稀有な資質を眠らせたままになるものもいると聞く。彼はできればそうはならずいてほしいものだ。私のつがいになるのだから。
自然にそう考えている自分に驚いて大和は目をぱちくりと瞬いた。まだろくに言葉も交わしていないというのに。
「おれのかおになにかついてる?」
まじまじ見つめてしまったからだろう。子供は不思議そうに首を傾げた。
「きみがまばゆいとおもったからだ」
「まぶしいってこと?」
「そうだ」
「おれピカピカしてないよ」
大和は素直に答えたが、子供はますます不思議そうな顔をする。生まれつき霊的なものに親しみ、この世ならぬ者を目にする大和と違い、彼にはひとの気は見えないらしい。
致し方ない。彼に流れる血は古く、かつては峰津院同様霊的な力で国を護る星読みの家柄であったが、何時しか力を失い、血族は守護の役目を解かれて久しいという。細々と知識を伝えてはいるそうだが、今やほぼ俗人と変わらない。
事実保護者として同席している彼の親からはほとんど霊力を感じられなかった。青い目の子供の傑出ぶりは、突然変異のようなものだろうか。直系であるとはいえ彼はまだ神秘に関わる薫陶を受けてはいないそうだ。
物心つく前から必要とされる知識を仕込まれはじめる峰津院家のものとは違う。だが、なんとも勿体ない話に想えた。これほどの素養を、野に放つままにするというのは。
「わからないなら気にするな」
「んと、やまとのめにはそうみえるの?」
問いに大和は静かに頷いた。こういった事柄に無知である相手に、理解が得られるとは思っていなかったが。
「すごいな!」
まっすぐ子供のくちびるから出てきた言葉に驚かされた。あるいは嘘つきといわれる可能性も考えたのに。
幼さもあるが、素直で柔軟なたましいの持ち主なのだろう。
「みえないものがみえるってすごいじゃん。おばけとかもみえる?」
「ああ」
「やまとっておばけたいじやさん?」
「みえないわるいものからくにをまもるものだ」
できるだけ平易に言葉をかみ砕いてやると、彼は瞳をきらきらと輝かせた。すごいすごいと繰り返し、
「おれもみえるようになれる?」
そんなことを憧れるように言うからこれにもつい頷いてしまった。
どれほど大人びた思考ができようと大和もまだちいさな子供であることに違いはなかったのだろう。認められる事が嬉しかった。
ちらりと、旅館の一室にも似た閑静な和室につどった双方の保護者を見遣れば、大人たちは今後についての話をしている。大和は彼等が儀式の日程や、今後大和の番いになる子供をどう扱うかを相談していると理解できた。しばらくは時間を要するだろう。
「りんしつをかりる。なにかあればすぐによぶ」
襖一枚程度ならないも同じ。控えていた付添人に告げて、大和は立ち上がった。
「となりにいくぞ」
「おしえてくれるの?」
「ああ、ここではしゅうちゅうできまい」
先に襖をあけて滑り込み、子供を手招くと嬉しそうに駆け寄ってきた。
保護者同伴とはいえ、山中の見知らぬ古屋敷に招かれているというのに警戒心がない。
無用心か、器が大きいのか。どこまで状況を理解しているかは怪しいが、彼の素直で毒のない態度に大和の気が紛れたのは確かだった。
気兼ねなく話せる相手というのは、大和にとって今まで会ったことのないものだった。こんなにも気負いなく接してこられたこともない。名前を、呼び捨てにされたことも。
「まなこ…めにいしきをしゅうちゅうしろ。めをあけたまま、まぶたをもうひとつひらくことをそうぞうするとやりやすい」
隣室に場所を移し、大和は青い目のこどもと差し向かって畳に座ると、簡単な霊視講座を開いていた。
元々相手の素養は高いのだ。コツを掴めば難しくはないだろう。
「ん、ん…!」
「どうだ、なにかみえてこないか?」
言われるままにこちらを見た青いひとみが、あ、と小さく息を呑んで見開かれる。
「!? なんか、やまと、キラキラしてる! おつきさまみたい!きれい!」
直後の弾んだ声が大和の霊質を彼が確かにみえるようになったことを証明していた。大和は満足げに目を細める。予想以上呑み込みが早い。
「ふふふ、なかなかやるではないか。いまきみがみているものが気――ばんぶつにあるながれでありいのちのほんしつだ」
「これをあやつれば、さまざまなことがかのうとなるが…きょうみほんいでてをだしてよいりょういきではない。そのめもふだんはとじておけ」
普通に生きるならば必要のない知識と力だ。今彼はこうして国の影に触れているが、婚姻の儀式が終われば関係はほぼ途絶されると決まっていた。
それが彼のためでもある。大和の命を半分預かるとなれば狙われる可能性が高くなる。最低限のつながりだけを残し関係は隠すべきなのだ。
本来であれば交わるはずもなかった縁。惜しむほどのものでもない。それなのに。
「もうちょっと見てていい?」
「なぜだ?」
「やまとがね、ほんとにきれいだから」
「……っ」
赤くなった大和を見て、彼は、やまとがかわいいなどとにこにこ笑う。そのまま小さな手が大和に延ばされた。
「おれ、ずっとおつきさまにさわってみたかったんだ」
うっとり表情を緩めて子供がぺたぺたと触ってくる。無遠慮に頬や髪に触れられて、なのにちっとも不快ではない。そのことが不思議なのに拒絶の意志が浮かばない。
「……わたしは、つきのかわりにはならんぞ」
「うん。やまとのがきれいだもんね!」
恥がない分子供は真っ直ぐだ。大和はますます顔が熱くなるのを感じていた。
「きみはさっきから私をきれいだといっているが、私はおんなではないぞ。わかっているのか?」
煌らかな白い薄物をかさねた、千早のような装いのために解りにくいのだろうか。誤解されているのではないかと、大和は今更ながら子供に問うた。
「わかってるよ。やまとっておとこのなまえだもんね。でも、おれがしってるどのおんなのこよりやまとのがきれいだよ。……きれいっていっちゃだめ?」
かなしそうに言われてしまうと、否というのがはばかられた。実際悪意のない素直な感嘆の発露なのだ。問題があるとすれば妙に大和の脈拍がはやくなってしまうことくらいで。
「すきに、したまえ」
許可を出すとなきそうだった顔がぱっと花開いた。
「すきにする! やまとがいやじゃなくてよかった」
本当によく表情の変わる子供だった。否、本来これくらいの年代の子供なら、こんな風に感情を表に出すことは当たり前なのだろう。大和はそうある前に、峰津院の子息として求められる在り方を覚えてしまっただけで。
青い、うつくしい目に、豊かな感情が現れるのを見るのは嫌ではなかった。寧ろきれいだとそう素直に思える。自然と大和の視線は彼の顔に向いていたのだが、
「およめさんには、たくさんきれいだねっていいたいもん」
相手の発現に大和は息を呑みこんだ。およめさん、だと?
「まて、どういうことだ」
「? やまととおれはけっこんするんでしょ?」
問い質すときょとんと目を瞬いた。どうやら中途半端な理解の仕方をしているらしい。
しかし、これは通常の結婚ではなく、霊的な契約の一形態としての様式結婚であるなどとどう説明したものか。
「ちがうの?」
考えて黙り込んだ大和の沈黙を何と判断したのだろうか。寂しそうな、きずついた顔をしないでほしい。
ますます持って何と言ったらいいかわからなくなるからだ。なぜだか大和の胸はきゅうと締め付けられるような感じを覚える。
「やまとはきれいだし、おっきないえにすんでるし、すごいことできるし、みぶんちがい?」
確かに彼と大和では生きる世界がちがうといえるが、今問題なのはそこではない。
どうにか事情をかみ砕いて説明しようと大和が口を開こうとした瞬間だった。
キン、と氷が張るようなかすかな音。鳥肌が立つような感覚。空気が一瞬で変わったことがわかった。 何者かがこの部屋を閉ざしたのだと。
ああ、やはり。大和の頭は冷静なまま、状況を判断する。
「わたしから、はなれるな」
子供もまた異常を察したようだ。低く大和が発した警告を呑み、共に立ち上がる。
それとほぼ同時だった。毒々しい青紫の蛇の群れがどこからともなく姿を見せたのは。
うぞりと不気味に蠢き、二人に迫りくるのは紛れも無い悪魔だ。
霊的に幾重にも守られた峰津院の邸宅に、そこらの野良悪魔が忍べるはずがない。
これは一族の誰がしかが大和を殺す為に召喚したのだろう。ご丁寧に結界付きと来ている。
どれほど才能があると言われてもたかだか幼子ひとり、誰かが気づいて結界が破られるまでの間に悪魔が片付けると踏んでの襲撃だろう。
狭い部屋だ。結界で四方を閉ざしてしまえばほぼ逃げ場はない。
初めて見る異形に息を飲んだ子供の手を引いて、大和は咄嗟に横に逃げる。それまでふたりがいた場所を蛇の群れが飲み込んだ。
ひとつふたつと瞬きする間に、蛇たちはますますその数を増やしていく。やがては部屋を埋め尽くさんばかりの勢いだ。
再度蛇が迫るのを、仕込まれた体術の応用で、身をさばいてかわした。子供には目をくれず大和に迫りくるのを見るに、蛇の標的は大和だけのようだ。
婚姻相手である子供のことは秘匿情報であり、目的として定められなかったのだろう。ならば好都合だ。
「ふすまがあいたらにげるんだ。いいな」
彼を安心させる優しいこえが出せていただろうか。確かめる余裕は流石になかった。
繋いでいた手をふりほどく。
「やまと!」
後ろで彼の悲鳴が上がったが、大和はそのまま蛇の群れに自分から飛び込んでいった。
華奢な身体に、四肢に、首に。蛇体が巻き付いて締め上げ、あるいは雪のような白い肌に容赦なく牙を突き立てようとする。だが、そこからは悪魔の思うようにはいかなかった。
大和の身体を薄い光の膜が守っていたからだ。同じものは、手を離した子供の方にも施している。
何も無策で突っ込んだ訳ではない。防御術程度心得ているし、大和には物理的な耐性が備わっている。
こうして完全に悪魔を自分に引き付けておけば彼には意識が行くまい。青い目の子供は大和の伴侶となる存在。気まぐれで毒牙にかけられる訳にはいかないのだ。
同時に周囲の結界へと干渉をはじめる。
術式が荒い。綻びがすくなくない。これならば程なく結びを解ける。
「ッ……」
微かにこぼれかけた息が声にならぬように大和は飲み込んだ。蛇の牙に宿る毒や呪詛がじわじわと身に染みる。
生半可な障害はものともしない大和だが、流石に悪魔が相手となれば容易く無効とはいかない。ここからは根競べだ。
結界を解くか誰かが気づいて助けに来れば大和の勝ち。その前に倒れれば大和の負け。実にシンプルでわかりやすい。
術の外殻を剥ぎ、内部に意識を潜らせる。
そうしている間にも毒が肌を焼き、身を侵していく。
激痛を認識の外において切り離した。まだ持つ。
ぎりぎりと身体が守りの壁越しにもきつく締め上げられていく。
容赦のない悪魔の膂力だ。流石に呼吸がくるしい。後一歩で核心に届くというのに。
目眩がひどくなる。だが、こんなところで倒れるわけにはいかない。
必死で踏み止まり、術の分解にかかった。
その刹那、術膜を破って蛇の牙が直に大和を引き裂こうと迫る。
「やめろ!やめろってばぁ!!」
泣き出しそうな子供の声。同時に叩き込まれた衝撃が、大和に絡まっていた蛇の一角を吹き飛ばす。
蛇が解けた向こうから、大和の視界に、光を宿した拳をふり抜いた直後の、こどもの姿が見えた。
大和もこれには驚いた。気を物理的な力に変換して敵を討つすべは確かに存在するが、なんの助けも教えもなく、この土壇場でなし得てみせるとは。
だが紛れもない好機である。眼中になかった対象からの一撃に蛇がふためく。混乱から立ち直る前に、解呪は成った。
硝子の砕けるような澄んだ音が響くと共に張り詰めていた空気が元に戻る。
ぴたりと閉ざされていた襖が開き、大人達が血相を変えて駆け込んできた。
「大和さま! ――さま! ご無事ですか!?」
安否を気遣い、子供と大和の名前を呼ばわる声に、大和はしずかにかぶりを振って見せる。
「もんだいない。もう、おわる」
結界は読み解いた。術者が誰かという情報も抜いている。ならばもう、まだ絡み付くこの有象無象は大和にとって一切用がない。
「ケルベロス」
命ずる主に応じ、魔犬の姿が影の潜みから現れた。
るうと喉を鳴らし、一陣の疾風となった青銀の獣は、残る蛇たちを引き裂き、食らい、残さず散らした。
それを見届けて、大和は自分の身体に治癒の術を使う。随分と身体を張るかたちになったが、元より家人たちと距離をおけば何かしら動きはあると踏んでいた。ある意味では餌を撒いた自覚はある。
子供には悪いことをしたが、怪我人は出ていない。ならば結果は上々だろう。
それにしても彼には助けられてしまった。礼の声をかけようかと思ったが――佇む子供は、何かしらの強い感情を堪える目で大和を睨んできた。大和は言葉を飲み込む。
……嫌われて、しまったのだろうか。こんなことに巻き込んだのだ。無理もないが。
ちくりと痛んだ気がする胸を無視して、大和は大人達に状況を伝え、事後処理の打診をする。
結局その日はもう子供と話せないままにお開きとなった。
儀式の当日はより警備を厳重にするという。であれば最早派手な動きはあるまい。できまい。
さて、得た下手人の情報をどう使うか。
大和は計算を続けながらも、どうしても彼の最後の表情が忘れられない己に戸惑いを殺しきれずにいた。
大安吉日を選んで婚姻の儀はしめやかに執り行われた。
とはいえ披露宴も祝福する親族友人の姿などはない。
最低限の人数で峰津院の本邸最奥儀式の間に赴き、宣誓を述べ、秘蔵の霊酒が注がれた盃を交わす。
その後一晩褥を共にする。以上が婚姻の儀の全てだ。
自己が強固となった成人なら、自他の境界を緩めるべく実際肉体を交わらせる必要もあるが、大和も彼もまだ未成熟な幼い子供同士だ。本当にただ添い寝するだけで構わない。一晩の同衾で充分に互いが結び付けられる。
一応、その前もかたちだけとはいえ婚姻をするのだから、白無垢に紋付袴、ままごとのように子供サイズに直されていても装束そのものは本格的なものが用意されていた。
大和はどちらを着るのでも構わなかったが、花嫁衣装を選んだ。彼が大和のことをおよめさんだと言っていたから。
儀式からはたとえ大和を嫌ったとしても逃げられないのだ。ならばすこしでも彼を楽しませてやりたいと思った。
大和のことを綺麗だとまだ思ってくれているのか。あれからろくに話せていないから、わかりはしなかったのだけれど。
そんな風に考えながら衣装に袖を通し、動きにくくなったところで、
「やまと!」
不意に名前を呼ばれて心臓が跳ねた。
視線を部屋の入口に向けると、よほど急いできたのか息を切らした青い目の子供の姿があった。
本来なら別室で着替えているはず。新婦側(ということに便宜上なる)の衣装部屋に彼がいてはいけないはずだが、抜け出してきたのだろう。
今にも人を呼びそうな、困惑顔をした着付けの侍従に、すこしだけ、と退室してもらい、大和は彼の名前を呼んだ。
「……なんのようだ。いまさら、まったはきかんぞ」
大和の眉が少し下がる。直談判にでも来たのだろうか。しかし大和にもどうしようもないことである。
「あんしんしろ。ここでこんいんをむすんだからといって、きみがしょうらいべつのじょせいとちぎることにししょうはない。みのあんぜんもほしょうしよう」
せめてと少しでも懸念を払えるように言葉を重ねた。これから先恋愛も結婚も彼の自由である。そして、これから彼は大和の半身となるのだ。密かにだが、霊的物理的な護衛がつく。
「ちがうよ。そういうんじゃなくて、やまとにいいたいことがあって」
大和の言葉に子供はぶんぶんと首を横に振る。思い詰めたようなそんな目をしていた。
「いいたいこととはなんだ?」
本気でわからないという顔をした大和に、こどもは何か菓子包みをとりだした。
「おれい!まもってくれてありがとう。でも、あんまりむちゃするなよ!」
大和は予想外のできごとに目を丸くする。
「……きみは、私をきらいになったかとおもったのだが。あのとき私をにらんでいただろう?」
「だって、あんな、おれをかばってむちゃして、しんじゃうんじゃないかって、こわかった。おこったらいいか、ありがとうっていったらいいか、わかんなかった。でも、よくかんがえて、おもったことぜんぶいえばいいってわかったから、ここにきたんだよ」
「あれはもともと、わたしをねらっていたのだ。きみがきにすることはない」
「それでも、おれがたすかったのはほんとだよ」
子供が笑う。胸がとくんと跳ねるのを感じた。青い瞳に浮かぶきれいな光。やさしい、あたたかな、それ。視線を外すことを思いつかない。引き寄せられる。
目線が合うと、彼は大和のすぐそばに来て、更に言葉をつづけた。
「ねえ、やまと。ここでおれがおまえとけっこんしたら、おまえのことたすけられるんでしょ。だからね、おれはけっこん、いやじゃないよ。いっぱいむりしそうなおまえのこと、たすけたいよ」
「これからさき、わたしがしねば、きみがいのちをけずることになる。それでもか?」
「とうさんがせつめいしてくれたよ。おれのいのちとやまとのいのち、いっこにしてふたりでつかうんでしょ。けっこんは、しがふたりをわかつまで、なんでしょ。いいよ。おれのいのち、やまとにあげる」
青い星めいた瞳には幼い純情と確かな覚悟があった。
「……きみのみらいのこいびとや、つまにうらまれそうだな、わたしは」
それでも安堵している自分に大和は気づく。嫌われたくないのだ、彼に。もう胸の内に生まれた感情、子供への好意を、大和は確かに認めざるを得なくなっていた。
向けた気持ちを否定されなかったのがうれしかったのだろう。子供は嬉しそうだった。その様子を見ながら会いに、言いそびれていた大事なことを思い出し、大和は口を開く。
「それと、わたしもれいをいわねばならん。あのとき、きみにはたすけられた。……ありがとう」
「!! たいしたことできてないよ。がんばったのやまとじゃないか」
はにかむように頬を染めて首を横に振る。ずいぶん謙虚なことだった。その奥ゆかしさは大和にとっては好ましいものであったけれど。
「いや、たすけがあってよかったとも。しかし、よくとっさにちからをつかえたものだな」
「あ、あれ、やまとが、きらきらしてるのつかったらいろいろできるっていってたから、やまとをたすけたいなってそうおもってたら、なんか、できた」
「ほう? えがたいさいのうだ。ほこってよい。……しせいでいきるにはひつようないことかもしれんが」
「でも、やまとをたすけるんだったら、ああいうことできるほうがいいんだよね? なら、よかったっておもう」
「ああ、そうだった。きみはわたしのたましいのつがいになるのだから、な」
大和が返した言葉に、子供はふにゃりと表情を緩めて、それからもう一度引き締める。子供なりに真剣であることが伝わってきた。
「やまと、おれのもういっこのはなし、きいてくれる?」
「あまりじかんはないぞ。てみじかにたのむ」
「うん」
そこで彼はひとつ深呼吸をして、
「やまと。おれ、やまとがすきだよ。だから」
衣装の重みでまともにうごけない大和にぎゅっと抱きつくと、
「おおきくなったら、もういっかいおれとけっこんして、ほんとにおれのおよめさんになって!」
信じられない爆弾発言を投下した。
「な――、わたしはおとこだといっただろう!」
「けっこんって、ずっといっしょにいるやくそくでしょ? おれ、やまととずっといっしょにいたいんだよ。みぶんちがいでもがんばるから! おれ! ぜったいかっこよくてでっかくてゆうのうなおとなのおとこになるから、おれがおよめさんでもいいから。おねがい!」
必死に言い募るこえに大和は動けなくなった。心臓は煩く顔が熱い。こんな経験は初めてだった。
「…………」
だが、彼の望みに自分がこたえることはできないと大和はわかっていた。
大和は、峰津院家のものは、国の影、最高機密として存在する。市井の人間と、ずっと道が重なることなどありえない。
なにより明日になれば彼の記憶は消されてしまう。関わりを断つとはそういうことだ。
全ては泡沫の夢まぼろし。だから、
「よかろう。きみがおとなになってもおなじきもちでいられたなら、そのときはわたしのとなりにきみのせきをよういしよう。きみはたしかにさいのうがあるが、それにおごることなく、しんにゆうしゅうなものでなければ、わたしのはんりょはつとまらんぞ?」
せめてこの夢がおわるまで付き合うことにした。付き合いたかった。
何れ消えるとわかっていることだからこそ、これくらいの戯れは許されるだろう。
それくらいには、大和は彼を好ましく思っていたのだ。
「やくそく。やまとがおれがほしいっておもうような、すごいおとこになるから、……わすれないで」
忘れてしまうのはきみのほうだと残酷な真実を飲み込んで、大和は楽しみに待っていようと頷いた。
「……ところで、きみ、そのかしをたべさせてくれないか?」
彼が差し出したままの菓子包みを、大和は視線で示す。
「このきものはうでをもちあげるのもたいへんでかなわんのだ」
「いいよ。このあめちゃん、すっごくおいしいからやまとにあげたくて、こっそりもってきたんだ」
彼は知らない。大和が食べ物を手ずから貰うことがどれ程の信頼の証であるか。
命を許しているのと同じだと、幸せそうに餌付けする子供は知らない。
「おいしい?」
「わるくないあじだ。ふむ、しせいにはこういったものがたくさんあるのか?」
「やまとはあんまりでかけたことない? じゃあおっきくなったら、いろんなところにいって、おいしいものもたくさんたべようね」
夢の話など虚しいばかりだ。ありえない話。それでも、
「きみがやくそくしてくれるなら」
「そとのはなし、いっぱいするよ。きょうはやまとといっしょにねるんでしょ。やまとのはなしもきかせてね」
「……ああ」
すこしだけ、彼と一緒に夢を見たいと気の迷いのように想ってしまった。
峰津院の氏神のまえで誓いのことばを取り交わし、霊酒に互いの血を混ぜ入れて、ふたりでひとつの盃を干す。
かあっと腹の底から熱くなってふらふらしてくる。清水で薄められていたが、本来は子供が飲むようなものではない。
儀式を終え、婚礼衣装から解放される。大人たちと別れてふたり、奥の間に敷かれた布団に仲良くころんと横たわった。
「おわったな」
「およめさんなやまと、きれいだった。すっごくきれいだった! なんでカメラでとったらだめだったの?」
「いっただろう。わたしたちはひみつりにそんざいしている。だからあまりきろくにのこすことはできないのだ」
「ならそのぶんも、おれがおぼえておくね」
少し寂しげに笑った彼の頭を大和の指が撫でる。ふにゃりと笑って甘えるように擦り寄ってきた。
酒気を帯びた互いの身体はあたたかくて心地好い。布団のやわらかさも相俟ってすぐにも眠ってしまいそうだ。実際、彼は瞼がもう重そうである。
「ねむいならむりはするな」
「やだ、する! やまととはなすの、つぎいつできるかわかんない……」
「わかった。ではきみがおきていられるだけつきあおう」
寂しそうな彼に笑いかけて、我儘を許す。大和には、それが夢の終わりだとわかっていたから。
「じゃあね、おれのおきにいりのあそびばのはなしから! つぎはやまとがすきなあそびとかききたいな」
弾む子供の声はとても楽しげで、くだらないはずの全てがきらきらと宝物のようにうつくしく愛しく思えた。
誰かと共にする布団は、部屋の中はこんなにも暖かい。得難いと、大和は強く感じていた。
開けない夜を、終わらぬ夢を望むのは愚かな話で、だのに惜しくてならない。
子供同士の他愛ないおしゃべりは、夜が更けるまでなかなか尽きることがなかった。
解ける。溶ける。融ける。とけあう。
肉体と言う器を超越した、精神同士が交歓する夢のあわいに、大和は彼とふたりでいた。
何れの心象か。星の海の中に漂っているようだった。くらやみのなかに、ぴたりと互いがくっついて存在していることを、ぼんやりと意識する。
自他を隔てる境が曖昧となり、わたしはおまえに、おれはきみになる。混ざり合って、交り合って、満たされる。この上なく心地よく、幸福だった。
人の魂は欠けており、欠落を埋めるものを求めると言うが、ならば真実、ふたつの魂が一つになったこの時間には充足だけがある。
どれほど肉を重ねても、これほど近くはなれまい。交り合えまい。
熱く、柔く、快く、埋め合わされる。大和は(あるいは彼の思考だったのかもしれない)、離れがたいと思ってしまった。この儀式が終われば最早会うこともあるまい、許されまいと解るからこそ。
わすれないよ、ずっと、と交り合った彼が言う。大和が知る別れを、彼もまたこうして解けるようにしている今は理解しているのだ。
むりだ、かなわない、と声なく口にすれば、あえるよ、と彼が言う。
うれしかった。しんじたかった。そうなるならいいと。こんなにも結び合わされることを知って、離れて生きていくことを考えたくなかった。
こんな弱さは許されない。想ってもいけない。そのはずなのに、胸の内から毀れてしまうのは、青い目の子供とまざりあっているからだろうか。
またあいたい。でも、うそだ、そうならないと泣きたくなって、けれど、此処ではないいつかどこかの景色が、声が、大和の思考の中に入り込む。映り込む。
ほんとうだよ。彼のこえ。瞬間、息を飲み込む。
白いウサギの耳のような飾りが視界の端に翻る。その傍らに、黒いコートの姿。
なにがしかの大災害に見舞われたのか、ボロボロになった街並みが見える。そこに立ち、誰かが何か大きなものと戦っている。
銀色の髪、黒い癖毛。大和と彼によく似た姿。否、見間違いでなければあれは、自分たちが成長した姿だとでもいうのか。
肩を並べて共に何か一つの目的に向けて邁進していた。
あるいは対峙し、争っていた。互いに譲れない、意志を賭けて。
天を突く高楼に、共に臨む姿が見えた。
瓦礫の山、血の海に埋もれ、横たわる大和を、泣き出しそうな、青い瞳が見ていた。
あるいは、存在すら認識しえないほど、大きく偉大なものに、挑む背中が見えた。
『大和』
名を呼ぶ声が聞こえた。今よりずいぶんと確りした良く通る声。
『――』
そして、名前を呼んで返した声は、幾らか低くなっていたが大和自身のものだった。
差しのべられた手。彼が何事かを自分に言う。聞こえない。それでも、何かとても優しい、力強い言葉だったのだろう。
垣間見えた、聞こえたものは、随分と断片的だ。こうしている間にも零れ落ちていく。細部が曖昧になる。
それでも、あれが未来の話なら。何時か、何時か、また。
彼と大和の縁の糸は、寄り合わさり、むすばって、一つの道に至るのだろうか。
そうならいい。うれしい。そして、彼が自分の隣を歩いてくれるならどんなに良いだろう。
ひとりが、さびしかったのだ。自分は。
きっと目覚めたらこんなことを想ったと言う事は、胸の奥に沈めてしまうという自覚が大和にはあった。
でも、本当は心のどこかでずっと求めていたのだ。共に在る、並び立つ誰かを。
そんな風に求めている気持も全部彼には余さず伝わってしまったはずだ。
だって、大和にも伝わってくる。魂の伴侶となった相手が、自分を好いて、心配に想って、助けたいと芯から思ってくれていたことを。
「きみは、わたしのとなりにきてくれるのか。いてくれるのか」
「うん」
問えば、間近で彼が笑った。星のように綺麗な青い目をして笑ってくれた。
「やまとは? やまともおれのこと、すきになってくれる?」
「つたわって、いるだろう。……したわしく、おもっている」
こんなにも溶け合って近くなって、隠せることなんてあるはずもないのに。まっすぐに大和と向き合ってくれる、ひたむきで美しい魂の輝きに惹かれた。
「すき?」
「すきだ」
覗き込む目に視線をあわせる。こくんと大和はうなずいて見せた。
「おれもすき。だから、またあえるよ! ううん、あいにいくから」
「……まっている」
口にした言葉は、今度こそほんとうに信じて言うことができた。
大和は誓いを込めて、彼のくちびるに自分のくちびるを重ね合わせた。西洋の婚姻ではこのようにして誓うというから、それにあやかった行為だ。大和からの好意の証でもあった。
やわい、甘い感触が重なって、彼が息を呑む。ほんの一瞬だったが永遠のような、離れがたいぬくもりと触れ合いだった。
「これは、やくそくのあかしだ。つぎにあうことができたら、きみからわたしにかえしてほしい」
それまで、おなじことはほかのだれにもゆるさない。
魂の純潔は既に彼に捧げた。ならば器もそれに倣うべきだろう。
突然のキスにぼうっと意識を奪われた彼の戸惑いと悦びが伝わってくる。彼の感情全てとても素直で嘘がなくて居心地が良い。
「よいか?」
「うん! やくそく。こんどはおれからやまとにおかえしする」
幸せそうに唇を擦り、目を細める彼の、幸せそうな表情がうれしくて大和も笑った。
「あ。やまとのわらったかお、きれい……すきだ。……もっとわらってほしいな」
「それは、きみしだいだ」
「がんばる」
少しずつ少しずつほどけていく。はなれていく。二つの魂がいつまでも一つにくっついていることはできないのだ。
目覚めればきっと、互いに別々の部屋だろう。彼に至ってはきっと、暗示ですべて忘れてしまうはず。
だからこそ、今を、名残を惜しむように身を寄せ合って、未来(あした)のはなしを、互いの声が、存在が、遠くなって身近に感じられなくなるまでふたり、飽きなく重ねつづけた。
朝の光がまぶたを叩く。
目を開ければ、奥の間にはもう誰もいない。
それでも、共寝した布団には、まだかすかに彼のぬくもりが残っていた。
大和はそっと、その場所に頬を寄せる。ほんの少しだけ、彼の残り香がして――こぼれそうになった寂寥を、大和は決して零すまいと静かに一人、飲み込んだ。
この魂は、この命は、彼に確かにつながっている。ならばその縁を、交わした約束を信じよう。
さびしくはない。何時だって、彼の存在を感じることができる。恥じることのないよう、強くあろう。
いつか、また、彼と会うことができる明日まで。
***
何もなかったように、自分の家の子供部屋で彼は目を覚ました。
丁寧に、丹念に、国の影、国家の最高機密にまつわる記憶は洗浄され、ごく普通の日常に、その子供は返されたはずだった。
「やまと」
身を起こした子供は、覚えているはずのない名前を、誰にも聞き咎められぬようひそやかに、だが確かに呟く。
覚えていると知られてはいけない。そのことは解っていた。だから彼の名前を呼ぶのはいつかまた会える時までは、これが最後。
自分の手はまだちいさく、彼のことを助けたり守ったりするのには頼りなく、おぼつかない。
それでも、約束をした。明日の話をたくさんした。 ぜんぶ、ぜんぶ嘘にしない。
強くて強くてきれいなあの子が、あどけなさも許されず大人顔負けにふるまうひとつ年下の子供が、本当はどこかさびしい、誰かに一緒に居て欲しいと、誰にも言えないまま抱えていると、自分だけが知っている。
「まってて、ぜったいあいにいくから」
おさなごころの、強く純粋な想いを――十年余りの時間を経たその時、魂の婚姻はあやまたず確かに結び合わせるだろう。