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デビルサバイバー2(主ヤマ時々ヤマ主)中心女性向けテキストブログです。
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あるいは誘惑の甘い蜜。

頂いたリクエストにお答えして、局長の匂いくんくんするウサミミさんの話。
実力主義ED後の主ヤマ。今回は大和さんだけでなくウサミミさんにも捏造(特異体質)設定ぶち込んでますので注意。
匂いフェチで男女問わず美人好き(でもノンケのつもり)なウサミミさんと、実は結構前からウサミミが(恋愛的にも)好きな局長のお話。
致してる訳ではないですが、ちゅっちゅ過多というか、若干いかがわしめです。



「大和って偶に凄くいい匂いがするんだよな」
 災害の只中にあって忙しく慌しい中、偶々居合わせた幼馴染と休憩がてら雑談するうち、俺は気になっていることを零していた。この災厄の日々が始まった中で知り合った自分よりひとつ年下のジプス局長のことだ。
「なんかいいとこの生まれみたいだし、香水とかでもつけてんじゃね?」
「そういうんじゃなくって、俺が大地に感じてる日向の匂いとかそっちとおんなじのだと思う」
 大地の発言に首を振りつつ俺が返した物言いに、ああ、と幼馴染は納得の表情を浮かべた。

 昔から他の人には感じ取れない匂いを、俺はひとやもの、場所などから嗅ぎとることができた。体臭とかそういうものではない。だってそれは他の匂いと混ざらない。何となくその人の性質にあった匂いを感じているのではないかと俺は考えている。全く同じ匂いを持った人には今まであったことがないからだ。場所やものから感じる匂いは概ね纏わるひとのものなのだろう。
 例にも挙げたが大地は陽だまりのような健やかな匂いがするし、維緒はミルクのようなやさしい匂いだったり、真琴さんは甘酸っぱさと微かな苦さの混ざる柑橘系だったりする。少なくとも俺にはそういう風に感じられる。
 こんなことを口にすると変人扱いされるか可哀相なものを見る目で見られることは解かっていたから、分別が身についてからは幼馴染である大地くらいにしか言ったことがない秘密だが。
「なるほどなー。で、お前は今大和が気になってるってワケ? お前相変わらず匂いフェチなの?」
「しょうがないだろ。嫌な臭いがする奴とは長時間一緒に居ると辛いんだから」
 大地の発言に俺は少しだけ眉を下げた。何度もこのよくわからない性質をコントロールしようと努力してきたが尽く上手く行かず失敗に終わってきたのだ。
 人の匂いを嗅ぎ取れるからといって別に良いことがあるわけではない。どちらかといえば振り回されてばかりだ。嫌な臭いがする奴といる時なんか我慢するだけで精一杯。どんなに美人だったり人当たりが良い奴でも、傍に長くは居られないし避けてしまいたくなる。
 そういう相手は俺と反りが合わなかったり、実は素行が宜しくなかったりを後で知るということが多かった。気がつけば俺は、性質や性格、うまがあうとかそう言う事と同じくらい、自分にとって安心できる、居心地の良い匂いを纏っているひとを好むようになっていた。おかげといえばおかげで友人には恵まれているというか、人間関係がこじれたことは殆どない。
 大地はそれを匂いフェチだと言ったりもするが、否定できない。嫌な匂いを我慢するのが難しいのと同じくらい、俺は良い香りに弱いのだ。
「大和からする偶にする匂いって今まで嗅いだことがないくらい良い匂いなんだよ。えっと人間の容姿にたとえて表すなら絶世の美女レベルです」
「オレには全然わかんないけど、頼むから過ちだけは犯さないでくれよ~? 親友」
「……流石にないと思いたいよ!!」
 からかい交じりの大地の言葉に、俺は突っ込んで返す。
 こんな風に気負わず俺の変わった体質のことを話題に出して、その上自然に接してくれる幼馴染は本当に貴重でいいやつだ。匂いと同じ、大地は日向のような温かみと安心感を持っている。俺はこの幼馴染のことをそういう風に感じて結構大事に思っているのだ。
 所で即答で「ない」と言えなかったのは、自分でもどうかと思うが、元々大和は凄く俺好みの香りがする相手だからだ。女の子だったら口説きにかかっているレベルである。
 そういうのを抜きにしても面白い奴だと思うし、向こうも俺のことを気に入ってくれているみたいだし、仲良くできたらいいと思う。

 ──その時はまさか、大和の手を取って、共に世界を変えることになるなんて考えていなかったのだけれど。


 世界が大和の理想の元に革まって早いもので三年の月日が流れた。
 俺はあの選択の夜に彼の示した道を選び、そうして苦難や困難を乗り越え、世界は新たな秩序の元に着々と復興を積み重ねている。
 大和はかつて言った言葉を守り、俺に同等の席を用意した。といっても元々一介の学生に過ぎなかった俺には、大和のような立ち回りは難しいと自分でも理解していたから、彼の元で色々学ばせてもらいつつ、基本的には現場指揮官というか前線部隊の隊長というか、そういった実働メインの立ち居地で過ごしている。

(……あ、まただ)
 外での任務を終えて、報告がてら大和の所にやってきた。部屋に入るとまたあの匂いがする。くらりと眩暈さえ覚えそうな、甘くて魅惑的な香り。
 この三年で共に居るうちに大和から良い匂いがするときはどういうときか俺は解かるようになっていた。大和は普段はお香みたいな落ち着いた良い匂いを纏っているのだけれど、気を抜いたり、疲れているときなんかは別の香りがする。元々の匂いに別のものが混ざって変化するといった方が正確だろうか。
 果樹園に極上の花が咲き乱れるような、おれの貧困な語彙ではとにかく甘美だとしか表しようがない、そんなすごく不思議で良い匂いがした。
 これは大地にも言っていない事だけれど、俺が感じ取る匂いは体調や感情の変化で変わるようだと経験で知っていた。といってもここまで極端に匂いが変わる人間は大和以外にはあったことがないのだけれど。
 大和は机に向かい、書類の処理に集中していたようだ。俺が来たときには、最後の一枚に末尾と思しきサインを書き記し、そこで顔を上げて俺にねぎらいの言葉をかけてくれる。
 そういう本人の顔色が、他の人は解からないだろうけれど俺から見ると何時も以上に白くて、目の下には薄く隈が浮いていることが解かった。
 俺は挨拶もそこそこにさっさと報告を済ませて、今この世界の頂点に君臨する友人の側へと歩み寄った。
「ねえ大和。ちょっと疲れてる?」
「君はこと人の変化に対しては妙に聡いな。確かに、ここ二日ほど職務が立て込んでいたので睡眠が足りていない。とはいえ、他の者から指摘されることはなかったのだが」
「無理を押すと却って仕事の効率が悪くなるぞ。仕事、終わりそう?」
「いま仕上げたこの書類で終了した。以降は下部部署の領分だ」
「そっか。なら、大和はちょっと休めよ。この後動かせない予定とか入ってる?」
「いや、二時間程度なら時間を作れるが」
「ならそうしろよ。俺、今日はもう自分の分の業務は終了してるから手伝えそうなことあれば手伝うし。最近はちょっと書類仕事もできるようになってきたんだからな」
「君は三年経っても変わらんな。…相変わらずそうして他者に手を伸べる」
「だってそれが俺の生存戦略ですから? つながりを作っておく、保つって一つの強さだろ。大和が倒れたら俺も一蓮托生だし」
 本当はただ、友人である、気に入っている相手である大和のことが気懸かりなだけのだけれど、詭弁でも何でも弄しておいたほうが目の前の相手に取っては気が楽だろうと知っている。
 ふわりと漂う良い香りはとても魅惑的であるけれど、そのこの上なく良い香りを主に感じられるのが、俺の友達が疲れている時だというのは複雑だ。大和が俺の前で張っている気を抜いて穏やかな顔をしている時に嗅ぎ取れたならその時は逆にうれしいのだけれど。
「俺が見張っててやるからさ。少し寝たら? 何かあるか、二時間経ったら起こすよ」
「わかった。君の勧めと忠告だ。大人しく受けておくとしよう」
 大和の部屋には来客用の長椅子がある。そこを進めれば大人しく頷き、軽く眉間を揉み解した後、大和はどこかに電話を数件かけてから、席を立った。
 重厚なコートとブーツを脱いで仕舞い、ソファに備え付けのクッションを枕に横たわる。そして静かに目を閉じると程なく規則正しい寝息が響き始める。獣みたいに眠り自体が浅いのか、大和はとても寝付きが良いようだ。疲れていたというのもあるのだろう。

 大和が眠ったことを確かめて、俺は部屋の鍵をこっそりとかけてしまう。本当に緊急のどうしようもない案件なら、大和の携帯に直接かかってくるだろうと解かっていたからだ。そして、ほんの二時間程度局長に仮眠を許せないほど、今の本局に揃っている人材が無能でない事も知っている。
 俺は大和が横たわる対面側のソファに陣取って、そこで見張りを勤めることにした。時計の針が動く微かな音と大和の寝息だけが部屋に静かに響く。
 一時間程度は見張りに終始したが今のところ異変も新たな案件の持ち込みもない。俺はそうある機会でないからと改めて大和の寝顔を観察してみることにした。
 大和が起きている時はまじまじ見つめることなんてそうできることではない。どう考えても怪訝な目で見られてしまうだろう。ちなみに俺は綺麗なものを見るのは良い匂いを嗅ぐのと同じくらい好きなことだから、実は常々大和の整った面立ちをじっくり眺めてみたいと思っていたのだ。
 柔らかな銀糸が落ちかかる、抜けるように白い肌。髪と同色の光に透ける淡色をした長い睫毛と、雪嶺のような鼻梁に形のよい薄い唇。同性の友人に向ける感想ではない気がするが、佳人という表現がしっくり来るような、端正な面立ちをしている男だと改めて思う。
 二十歳になった大和は、出会った当初に残っていた歳相応の柔らかさが研ぎ澄まされて、鋭さと凛々しさがつめたい美貌の上に際立つようになっているが、それでも意志の光が強く宿る銀眼を閉じてしまうと、まだあどけないような印象を与えてくる。眠り始めてから大和が発する匂いの質が、疲労の色濃いそれから、気を許しているときのものに代わっていることに気付いて俺は安堵した。ちゃんと休めているとわかるからだ。
 きっと、彼のこんな無防備な姿を知るものは俺以外に少ないだろう。それが少し心配にもなる。もしも俺が、悪心を起こして大和を殺そうとしたら彼はどうするのだろうか?
 それも実力主義だと受け入れるのだろうか。もっとも俺は今の自分の立ち居地とか周囲の人間、何より大和という存在を気に入っているから、下克上を起こすつもりなど(そもそも大和は俺を対等に置いてくれる)毛頭ないのだが。もしも今、貴重な睡眠時間を甘受している大和の安眠が妨げられるようなことがあれば、俺はその相手をこそ殺すだろう。
 結構物騒な考えが板についてきている自身に苦笑しながら、少しだけ役得と、俺は大和の傍らに歩みを寄せる。距離が縮まっても、大和はまだ穏やかな顔で眠っていた。近づくと甘い香りが濃く感じられて少しどきどきする。
 友人に対して心拍を早めているなど知られたらドン引きではすまない気がするが、それでもこのうっとりとするような極上の香りに俺は弱い。それが大和が安心しているから嗅ぎ取れるものであればなおのことだ。俺が感じる匂いはその人に近づくほど強く感じられるので、もっと近くまで顔を寄せたら、これ以上ないほど堪能できるのだろうなと思う。そんなことは流石にできるわけがないのだけれど。
 第一、近くによって匂いを楽しむだけでも鼓動が早くなるほど誘惑的なのだ。そんなことをしたら、以前大地にからかい交じりに言われた「間違い」が現実になる、まかり間違ってしまう可能性がないとはいいきれない。別に同性をどうこうする趣味があるわけではないのだが、俺にとってはそれくらいに大和の匂いは、鼻腔を侵し、脳髄を揺さぶる代物なのだ。
(……お前がこうやって寝姿を曝してくれてるのって俺を信じてくれてるからだもんな。その気持ちを、裏切るようなことはしたくないよ)
 安らかな寝顔を覗き込んで、そう内心呟く。大和本人にどこまで自覚があるのかは解からないが、彼は随分と俺だけに許していること、領域が多いのだ。懐かれている、好かれていることがわかると人間、嫌な気はしないもので、気付けば自分もまた彼に負けない好意を返すようになっていた。それはとても居心地が良くて、張り合いもある。このままの関係がずっと続けばいいと思っている。互いに信頼を返して、そうして生きていけるなら。
 実力こそがすべての世界で随分と甘ったるく旧態然とした考えなのかもしれなかったが、少なくとも俺は俺の意見を押し通せるくらいの強さは身につけたつもりである。世界の理にしたがって、どこかの誰かが俺の弱さを食い破ることがあるまでは、俺は俺のまま在り続けるつもりだ。

「……ん、」
 不意に睫毛をふるわせて、銀色の水晶のようなひとみが開かれた。静かにしているつもりだったが、やはり近くに来たことで起こしてしまったのかもしれない。
「あ、ごめんな。起こしちゃったか?」
「…いや、構わない。一時間と少しくらい眠ったか。君の進言は間違いではなかったな。寝る前よりも意識が冴えている」
 まだ寝ていても大丈夫だと続けようとしたが、かぶりを振った大和の顔色は寝付く前より随分と良くなっている。ソファで上体を起こした彼は、それでもまだコートを羽織ったりといった対外的な様子を整えてはいなかったから、俺と会話をすることに残りの休憩時間を割くつもりであるようにみえた。どちらにしろ息抜きや休憩になるなら良いかと、大和が起きて空いたスペースに腰を下ろすことにする。大和は何も言わずにそれを許してくれた。
「そりゃ良かった。仮眠って思考もリセットしてくれるし、大事だろ?」
「否定する要素はないな。…しかし、前々から思っていたことだが、君はふしぎだ。どうして、時に私以上に私の体調を理解できる?」
「……それは、その。あー、大和になら話してもいいか。お前は元々こういうオカルトチックな領分の人間だもんな」
 小さく首を傾けた大和に問われ、俺は幾らか口篭ったが、結局、成長してまともな常識が身についてからは余りしたことのなかった話をすることにした。
 俺がひとから個人ごとに違う独特の匂いを嗅ぎ取れること。その匂いの変化で何となく体調や感情の変化を察せること。そういったことを。
 予想に違わず、こういう話には慣れているのか、大和は呆れるでも馬鹿にするでもなく寧ろ感心したような顔で俺の話を聞いてくれた。そういった反応を周りから受けることは殆どなかったから、何となく嬉しい。安心する。感覚の話という奴は中々共有するのが難しいのもあって、解かってもらうことをどこかで諦めていたから。
「元々君は霊力に長けた人間であるとは思っていたが、フム、得難い素質を持っているものだな。君の場合、他者の霊質や思念を感知する素養が嗅覚に適合する形で現れているのだろう。視覚に現れる例が一般的ではあるが、君のような例もないわけではない」
「それってなんか安心するかも。世界のどこかには俺みたいな感じ方をするひとがいるのかな」
「霊的な感知能力に優れた者を当たれば見つかるかもしれん。君が望むのであればそういった人材を探し出すこともやぶさかではないが」
 大和は結構俺に甘い。実力者は評価して相応の評価や扱いを、というのは実力主義の社会を気付いた彼の持論だけど、それを抜きにしても親しい相手には親身になる性質のような気がしている。それを発揮する相手が大和の側に今までいなかったというだけで。
 とはいえ、自分のような感覚の持ち主に会ってみたいというのは完全に我侭だから、聞いて貰うのは申し訳ない気がして首を横に振る。気持ちだけでもありがたい話だ。
「いや、それは機会があったらでいいよ。色々忙しいのは知ってるし、私情で仕事を増やす訳にはいかない。そもそも会ってどうこうしたいってわけじゃなし、もし同類に会えるなら話してみたいなってくらいで」
「…君は、その感覚のために民衆の中で孤独だったのか。そうして同類を求めるほどに」
 無意識に思っていたことを言い当てられたようでドキリとした。少しだけ目を伏せる。
「友達は多かったし、大地も居たし、孤独ってほどではなかった。だけど何となく、寂しいような感じはあったかも。なんか、仕方ないって解かってるけど、それでも自分が感じてること、解かることを言っても信じてもらえないのって……さびしい。たくさん人がいてもその中でひとりぼっちみたいで」
 大地にもしたことのなかった話を、気がつけばこぼしていた。こんなことを言ったら大地は多分ひとりになんかしないよって言ってくれるんだろうと解かっている。そして、俺の感覚につきあうことができないのを申し訳なく思って胸を痛めるだろうことも。つまりは幼馴染を解かっているからこそいえない話だ。それが大和の前では口からこぼれたのは、俺以上に特別に生まれついた彼は、俺が感じるようなことは既に乗り越えてしまったか、そんなことはきっと考えたこともないだろうから。俺のこんな弱みはくだらないことだと、きっと切り捨ててくれる。
「それは君の美点を理解しなかったものたちが愚かなだけだ。ひとは己の持ちえぬものを有する強者を異端として排斥する。だが、安心したまえ。今の世界においては異能は評価される。君は君の持つ感覚を、隠す事無く活かすといい。解からぬ者ならば放っておけ。君が関わる価値がなかったというだけのことだ」
 そう思っていたら、予想以上の答えが返ってきた。周囲の不理解をこそ愚昧とばかりに切り捨てる。その果断さが心地よく、その強さが同時に少しまぶしい。
「私とて君の感覚を完全に共有することは出来ないが、それでも君の話を聞き、理解することはできる。…先程、霊感は視覚に現れる例が一般的だといったな。私の目もそうだ。君の嗅覚とは感じるものが違うだろうが、この世ならぬものを感じるという点では近しい」
 続いた言葉は、勘違いかもしれないけれど、大和に自分がいると言われているみたいでうれしかった。やっぱり彼は俺には甘い。やさしい。そんな大和のことを、俺も知りたいと思うし、もっと理解したい。三年経っても知らないことは多くて、興味が尽きない。
「ありがとう。じゃあさ、そのうち大和の世界を俺に教えてよ。俺には見えないし、見えるようにはなれないだろうけど、知ってみたい」
 俺を見る銀色の双眸は、月の光が落ちる夜の水面や鏡を連想させる。そこに、ひとには見えないものが映ると言われたらきっとそうだと根拠がなくとも信じたくなる、そんな目だ。思わず覗き込むと大和が小さく笑った。
「良いだろう。その時は代わりに君の感じる匂いとやらを教えてもらおうか。週末になれば時間が空く。夜にでも私の私室の方に来るといい」
 機嫌よく微笑んだ大和は綺麗だった。同時に心地良い匂いが色濃く香った。思わぬ誘いに俺はすぐに頷く。大和は世界が改まってからは休暇を稀にとるようになったけれど、それでも俺たちの誰より忙しい身の上で、まとまった空き時間ができる時というのは非常に貴重なのだ。
「じゃあ、お酒も持っていこうかな。この間遠征した時に面白いのが手に入ったんだよ。月と話を肴に一杯、とか悪くないだろ」
 成人してから俺は、付き合いもあるのでアルコールを嗜むようになっていた。それは大和も同じで、ただ、互いに立場上プライベートで酒を飲み交わすような機会は余りなかったから、この機会にと思ったのだ。
 上機嫌な時のあまやかさを燻らせながら、大和は俺の提案に頷いてくれた。週末は晴れるといいなと願いながら、その時を俺は楽しみに思った。


 大和の私室は建物の中でも空に近いところにある。狙撃の危険性を考慮すると他に並ぶ建物のない上階層にある方が安全だからだ。街を遥か下に見下ろす高殿から見る月は普段より近いところに有る気がする。
 幸いにも週末の空は雲ひとつなく晴れ渡り、満月に近い銀盤は清澄なひかりを部屋に投げかけていた。室内照明を落としても部屋の中が明るいくらいに月の明るい晩だった。俺が持ち込んだ花を漬け込んだというお酒と、大和が用意したつまみのたこ焼きを広げて突きながら、互いの感覚の話をした。
 大和の見る世界は、俺が良い匂いを感じるばかりでないように、時に見えないほうがいいものも見えてしまうようだった。そのあたりは何となく想像できるだけに苦労を察することが出来たりもしたし、ひとには見えない龍脈の美しい力の流れについてはあの大和が綺麗だというくらいだからそれが見えないことが惜しくもあったりした。
 俺のした個人が発するそれぞれの匂いについて、大和は興味深そうな様子で聞いてくれた。本人の前でお前はどんな匂いがするかという話をするのはどうなのかと思ったけれど、大和が気になっているようだったから、素直にとても良い匂いに感じると教えてやった。普段は落ち着きがあって上品な、そんな香りがすることを教えると、そうか、と心なしか嬉しそうにも見えた。ただ、偶にそれに別のものが混ざってもっといい匂いになることを言うと、考え込むような顔をしたのが気にかかったが。直に別の話題に移って聞く機会を逃してしまった。
 話が弾んで、用意した酒が度数が強い割りに甘くて口当たりの良いものだったために、二人で結構なペースで杯を重ねてしまった。気付けば俺はかなり出来上がってしまい、大和はまだ普段と変わらないように見えたけれど、白い顔がほんのりと桜色に染まっていて、まったく酒精の影響を受けていない訳ではないようだった。
 何時もより心なしかとろんとした銀色の目が月明かりを受けているのが綺麗で、大和が気を許してくれたときに感じるあの甘美な匂いが鼻をくすぐってきて、俺は多分色々なものに酔ってしまった。普段なら絶対にするはずもない事を、実行に移したくなってしまった。
「やまと」
 名前を呼ぶと何時もより緩慢な動作でどうしたと言いたげに彼がこちらを向く。俺はにこーっと大和に向けて笑いかけて、手を伸ばすとその綺麗な顔を捕まえた。引き寄せて、ごく近くで匂いを嗅ぐ。堪能する。ああ、本当に甘くて蕩けてしまいそうなくらいに良い香りだ。うっとりする。
「大和ってほんといい匂い」
 すんすんと鼻を近づけて匂いを楽しむ。首筋に顔を埋めると大和はくすぐったげに身を捩ったが、俺を押し退けたりしなかった。
「君は、獣か」
 たしなめるような声が振ってくるけれど、酒が入って理性の歯止めが利いていない俺には通用しない。
「獣でもいいよ。うん、しあわせ。ずっと、こうしてみたかった」
 すり、と白い首に鼻先をすりつける。柔らかい銀の髪がさらさらと俺の顔に触れるのも気持ちがいい。ふと顔を上げると、大和の顔が何だか赤い。彼もだいぶ酔いが回ってるんだろうか。だから抵抗しないのか。それなら都合がいい。もっともっと、彼を味わいたい。
「前から調べたかったんだけど、場所によって匂いの違いってあるのかな。ね、ちょっと試させて?」
 首だけでは飽き足らず、肩口、胸元、肘裏や手首の辺り、腹、上体のあちこちに顔を近づける。くんくんと鼻を鳴らして確かめる。濃度にはあまり違いはないみたいだ。大和の身体は、どこもかしこも花が咲き乱れるような、極上の香りがする。しいていうなら、顔、首や手首、指先と言った素肌が覗く部分のほうがより濃く香る。
「……満足したか?」
 あちこち嗅ぎまわった俺を、薄っすら紅潮した顔の大和が見下ろしている。匂いの所為だろう。そのほんのりと火照ったしろい肌が、うすあかいくちびるがとても甘そうに見えた。
 冷静になってから思い返せば、この時の俺は完全に酔っていたとしか言いようがない。酒に、匂いに、月の光に。そうでなければ。
「まだ、足りない」
「──っ!? 、ん、ぅ……」
 ともだちにキスしようなんて発想出てくるはずがない。その時はそう、大和の唇から零れる呼気が何より薫り高く魅惑的に感じられたのだ。だから、それが欲しくてたまらなくなって、気がつけば唇を奪っていた。完全に正気じゃない。貪るみたいに口で口を覆って、重ねた部分は匂いだけじゃなく、あまやかに感じられた。唾液が蜂蜜みたいで、舌を潜り込ませて、暖かくて柔らかい口腔を舐る。
「は、…あふ、ぁ、…んん、っ、…ぅ、ん…、……」
 抵抗されなかったから良いのだと思った。大和もこの甘さを感じてくれてるんじゃないかと錯覚する。俺はどんな味が、匂いがするんだろう。どんな風に大和は感じているんだろう。少なくとも嫌がってはいないようだ。紅潮した面に浮かぶ表情は、怒りでも嫌悪でも侮蔑でもなくて、ひとひらの困惑とそれ以上に嬉しそうな、心地良さそうな、幸せそうな、そんな風だったから。俺の知らない顔だった。でも、きれいだ。きれいなものは好きだ。もっと見ていたい。きれいで、甘いにおいがするなんて、なんて素敵なんだろう。酔った頭で嬉しくなってくすくすと笑った。ちゅ、ちゅ、と角度を変えながらキスを繰り返して吸うと、悩ましいような熱っぽい息が零れて益々離し難くなった。
 やがて大和の舌も伸ばされて、俺の舌に絡んでくる。甘さを分けて擦りあう濡れた感触が心地よかった。くちびるが大和からも吸われて、呼吸が混ざり合う。ますます濃くなる香りと飽きずそうして交わす甘さに溺れて、溶けてしまいそうだった。しあわせだった。大和も幸せそうに見えた。うれしい。大和とおなじものを共有しているのだと思うと嬉しくて、満たされて、もっと知りたい、感じているものが聞きたいと思ったけれど、キスしたままではそれは無理だと気付いて、名残惜しく思いながら、俺は大和の唇を解放する。未練の証のように互いの唇の間に唾液の橋が架かった。
「匂いだけじゃなくて、甘い。きもちいい。大和は? どう?」
 首に腕を回して、間近で、常になく潤んでいる宝玉のような瞳を飽きず眺めて、囁く。同じであって欲しいと思った。
「……わるくは、ない」
 乱れた息を必死に整えようとしている大和から返ってきた言葉が不満だった。それだけじゃないくせに。
「うそだ。知ってる。わるくないだけじゃなくて、すっごく気持ち良さそうな、うれしそうな顔、してた」
 ちゅっとまた音を立ててあまい唇に口づける。大和が意地を張るなら、もっとしてやろうと思った。薄い唇をあまがみして、ぺろりと嘗め上げる。大和が息を呑む。回した腕から伝わる鼓動は早い。頬が益々赤くなって、可愛いと思ってしまった。
「聞かせてよ。大和の世界を教えてくれるって、やくそくしただろ」
 完全に酔っ払いの戯言だ。でもその時は、全部本当でこたえてほしかった。あまいあまい、居心地の良い香り。その源、俺を惹き付けてやまない彼の本当が、全部が欲しくてたまらなかった。
「心地、よい。君と交わす口付けはあまいな。人肌、ましてや粘膜など、好んで触れたいと思ったことはなかったのに。不思議だ。何故こんなにも良いと思えるのか……」
 長い睫毛を伏せて、何処か恥ずかしそうに、でも律儀に答えてくれた大和も多分酔っていたのだ。その答えに俺はすっかり気をよくしてしまった。
「むずかしいこと考えなくていいよ。そっか、一緒か。うれしいな。すっげえ嬉しい」
 締まりのない顔で笑ったのに、大和が「私もだ」と答えてはにかむように目を伏せ、彼からやさしいキスしてくれたから、胸がいっぱいになった。うれしい。もっと欲しいと強請ってまた口付けて、そのうちそれだけでは足りずに、除いている首筋や手首、指や掌といった肌にまで唇を落としていったのに、大和は嫌がらなかった。少し気恥ずかしそうな、しあわせそうな、そんな表情をして、俺の癖毛に指を絡め、いい、と全部許してくれた。だから俺は意識がなくなるまで、大事に大事に、その身体を抱きこんで、匂いを、味を、たっぷりと念入りに堪能してしまったのだ。


 銀色の髪をした友人をしかと抱き締めたままで目覚めて、俺は昨晩自分が何をしでかしたか即座に理解できてしまい、心から青褪めた。
 肌蹴た(というか俺が肌蹴させた)濃い灰色のシャツから覗く大和の肌は滑らかに白く、それだけに俺がやらかしてしまった痕が、薄っすらとした歯形だけでは飽き足らず、キスマークとしか呼べないものが、あちこちに紅く散らばっているのが痛々しかった。乱暴を働かれたとしか言いようがない。
 目が覚めた俺は都合よくすべてを忘れたりせず、昨晩の己の所業を明確に思い出せた。頭が痛くなった。むしろ死にたい。腹を切りたい。
 酔っ払って、同性の友人に無理やりキスをして、拒まれなかったのをいい事に繰り返して、最終的には肌の柔らかいところを吸ったり、嘗めたり、噛み跡をつけたりしてしまった。完全にケダモノだ。大和が起訴したら確実に敗訴だ。
 いっそ殺してくれと思ったが、そんなことをしたら後始末でまた迷惑がかかる。隣で目覚める気配に、先にするべき事があるだろうとそっちを実行に移した。
「ごめん、大和! 俺がわるかった!! お前の気が済むなら殴り飛ばしてくれていいから!! 本当にごめん!!」
 土下座でも足りないが、兎に角誠意を示す為に頭を下げて謝罪する。酒で理性をあそこまで飛ばしてしまうとか、ひととして最低すぎる。確かに度の強い酒だったが、あんな酔い方をするほど呑んだつもりはなかった。そんなことは言い訳にしかならない。
 大和は身を起こし、己の身体を確かめてから、眉を寄せて溜め息を零した。手早くその白い指がボタンを留め、身支度を整える。
「良い、顔を上げてくれ」
 叱責すらしない大和に、俺はいよいよ彼に失望されてしまったのかと目の前が真っ暗になるような気持ちがした。
「……ごめん……」
「違う、君だけの責任ではないといいたいのだ」
 違うとの言葉に恐る恐る顔を上げると、俺がかすれるように繰り返した謝罪を聞いてか大和が、大きく頭を横に振ったのが見えた。軽く口許を覆いつつ、大和はやや憮然と言葉を吐き出す。
「君は時々私から、私本来の匂いに別のものが混ざって良い香りになるといっていたな? 感じていた匂いと言うのはおそらくは龍脈のそれだ。峰津院のものは多かれ少なかれ龍脈の庇護を受け、その流れを身に帯びる。龍脈が悪魔を呼び寄せるのは、かつての戦いで君も知りえた事実だろう。ゆえに龍脈を宿らす我ら一族は物心がつけばまず自己抑制を身につけるのだ。垂れ流しにすればどのようなことになるかは想像がつくな?」
「悪魔とかがどんどん寄って来て、大変なことになる?」
 与えられた説明をゆっくり噛み砕いて飲み込む。あれは龍脈のにおいだったのか。言われて見れば、龍脈の龍の側では似たような香りがしていたように思う。大和から感じる匂いのほうがもっと良い匂いだったから、言われるまでに気づかなかったのだけれど。俺の返答を受けて大和は更に解説を続けた。
「然り。勿論上手く使えば交渉の材料にもなるのだが。そして、悪魔ほどではないが、霊力の強い人間などは体調にも依るが龍脈の影響を受けてしまうことがある。昨日の君が、そうだ」
「酔っ払ったからだって思ってたんだけど……」
「流石にそれだけでああはなるまい。君の酒癖は元来、眠くなるといった大人しいものだと聞いている」
 言われてみればそうだ。どちらかというと俺は飲酒するとテンションが上がるより、ゆるゆると下がって大人しくなる方だ。大地とか俺と飲みにいったことのある人から聞きだしたんだろうか。酒癖まで把握している大和に驚かされたが、それ以上に聞きたいことがあった。
「ていうか、じゃあ、その、昨日も、今までも、大和から龍脈が零れてた、のか?」
「ああ。完全に龍脈の影響を遮断することは難しい。心身の状態が影響し、漏れ出ることがある。タワーや富士の施設で扱われている量とは比べようもない微々たる量ではあるが君はそれを敏感に察知していたのだろう。そして、昨日は酒の所為で私の抑制が利いていなかった。ゆえに垂れ流された龍脈に、君は見事に当てられてしまった、という訳だ。謝罪すべきは寧ろ私の方だろう。君に不本意なことをさせてしまった」
 恥じるように大和は目を伏せる。眉がきつく寄せられ、唇を噛み締め出しそうな、自己への苛立ちが覗く表情だ。そんな顔はさせたくないと思った。不本意なこと、とは言われたが、不思議と嫌悪が湧かない。どちらかというと大和のほうが被害者だという気が、する。元々酒を持ち込んだのは俺なんだし。
「いや、そっちこそ悪いって思わなくていいから。……だって、そんな痕が残るくらい色々、しちゃったし……」
「……もう忘れたまえ。その方が互いの為だ。私もこのようなことが二度とおきぬように注意しておく」
 とりあえずシャワーでも浴びてくると立ち上がった大和を、俺には止めることが出来なかった。険しい表情で歩み去る大和こそ不本意だったのではないかと心配になる。
 唇の中に、触れていた指に、少しだけ昨晩の大和の香りが残っている。それを心地よいと思うのは、龍脈に当てられてのものなのだろうか。同時に、大和が浮かべていた甘い綺麗な表情が思い出されて、俺はそれを振り払うのに随分苦労した。俺も、シャワーを借りたほうが良さそうだ。


 それから、大和は「忘れろ」といった言葉を己でも守ったかのように、あの夜のことは一切口に出さず、態度にも表さず、それまでと変わらない様子で俺に接した。
 ひとつだけ変わったことは、俺の前であの、大和が疲れたり気を許したときの甘い匂い、龍脈が混ざっているのだという香りを発することがなくなったくらいだ。俺の前では、俺を当ててしまうことがないよう気を張っているのだろう。そうまでして、大和はあの夜のことを"なかったこと"にしようとしているのに。俺は。
(……忘れられない)
 罪悪感が薄まってから、あの夜のことを思い返すと、鼓動が早くなる。体温が上がる。男同士でキスして、なのに気持ちよくて、甘い香りに、大和そのものに酔って、魅入られた。あの時の、見たこともないくらい綺麗に、心地良さそうにしていた大和が忘れられない。消えない。また見たくなってしまう。これもすべて龍脈の影響なんだろうか。
 日を追うごとに思いが募って、大和を見る目に自分でも熱が篭っているのが解かる。まずい。これは物凄く、まずい。
 もう最近の大和からは、俺を陶酔させる龍脈の混ざった匂いはしない。なのに。
(毎日考えてるって完全に重症だ)
 これじゃあまるで恋をしているみたいだと思ってしまい、それを全く否定できない自分に気づく。だって、俺はふとしたときに何時も大和の匂いを探している。そして、もう一度触れてみたいと思ってしまっている。
 元々俺は彼のことが好きだった。役に立ちたいし、頼りにして欲しいし、彼のことが知りたくて、そのきれいな顔も真っ直ぐすぎて偶に損する所も、なんだかんだで親しい相手には甘いところも、俺に時に無防備なくらいに色々なことを許してくれるのも、全部、全部すきだ。認めてしまえばしっくり来る。
 こういう、触れたりキスがしたいと思うような好きだとは、あの夜までは自覚したことがなかったけれど。それがかたちを変えたのは、大和があの夜に見せた、俺も知らなかった、そして他の人は知らないだろう顔を見て、俺のこころが持っていかれてしまったからだ。
 龍脈に当てられての勘違いかもしれない。でもそれはきっかけであって全てじゃない。はじまりはどうあれ、この気持ちそのものは嘘じゃない。そう思いたい。だってこんなにも忘れられなくて、気になって仕方がないんだ。
 会えなくても彼の痕跡を感じられるだけで何だか嬉しくて、会えればそれ以上の喜びがあった。なのに、俺と居ると大和にどうしたって必要以上に気を張らせてしまうことが申し訳なく、なんとかしたかった。

 だから休憩時間を狙って、大和のところに直接話に行くことにした。もうひとつ、あの夜に聞きそびれてしまった、気になることもあったからだ。
「……? どうした、何かあったのか?」
 突然アポもなしでやってきた俺に、大和は少し驚いたようだったが、来客用のソファを勧めてきた。ここで寝ている大和を見ながら物思いに耽ったり、彼と話をしたことがなんだかとても遠いことのように思える。
 大和から感じる匂いは、相変わらず気を張っている時のそれだ。俺は直ぐに目的の話題を切り出すことにした。
「なあ、大和。俺といる時にそんなに気張らなくて大丈夫だから。今までだって平気だっただろ? あの時は、色々条件が重なっちゃっただけで」
「……………その話は忘れるように言った筈だが?」
「だって、見てらんない。何時も緊張したみたいな匂いで、必要以上に疲れさせてるとか、辛い。大和こそ忘れられてないじゃないか」
 軽く睨まれたがここで引く位ならはそもそも直談判なんて真似はしていない。
「少なくとも俺のほうは忘れられてない。匂いだけじゃなくて、あのときの大和の顔が忘れられなくなったって言ったら軽蔑するか?」
「……っ、君は、何を言っているのか、わかっているのか。あれは…龍脈に当てられてしまったからであって、君は常態ではなかったのだ。その異常な経験が刷り込まれてしまったのだろう。だとしたら、何とかしてやりたいとは思うが」
「何とかするって、記憶を消すとかそういうのは勘弁してくれよな。……大和は、どう思ったんだよ」
「どう、とは?」
「わざとはぐらかしてるのか。お前らしくない。大和は俺にキスされてどうだったの。嫌だったから、こんなに俺といる時は気を張って、あの時みたいな『間違い』が起きないようにしようとしているのかよ」
 俺の言葉に珍しく大和が黙りこむ。もしもそうならはっきり肯定すればいいのに。
 大和はそうしなかったから、俺は、持ち札を切ることにした。意志の強い大和に隠し事を吐かせる為には、こうするしかない。
「じゃあなんであの時、抵抗しなかったんだ? 大和は龍脈に当てられたわけじゃないだろ。酔っ払ってる俺に当身のひとつも食らわせて気絶させればよかった話だ。なんで、そうしないでされるままになってたんだ? 大和は少なくとも俺よりは意識が確りしてた。嫌ならあんなこと許すようなタマじゃないだろ。……どう、思ったんだよ」
 これがもうひとつの気になっていることだった。大和は自分の身体に龍脈を宿しているといった、なら、それに当てられてしまうようではそもそも生活が困難になるだろう。そんな話は彼はしなかったし、龍脈の説明をした時も当てられたという言葉の対象は明らかに俺一人だった。つまり大和は正気だったのだ。なら、彼はあのときどんな気持ちでいたのだろうか。
「……っ、言わせるな」
 大和の纏う匂いが揺らぐ。眉を下げ、苦しげな表情と同じくらいに、動揺し、こころ乱しているのが伝わってくる。
「そして、私を暴くような、期待させるようなことを、言わないでくれ」
「言ってくれなきゃ解からないから、言ってよ。俺は知りたいんだよ。お前のこと。だって、……大和のこと、気になって仕方ないんだ。あれから、龍脈の混ざった香りは嗅いでないのに。大和が気になって、お前のことばかり考えてて。お前はどうなのかなって。あれは過ち? なかったことにしてしまいたい? それならそうだってはっきり言ってくれないと。俺は、忘れられそうにない」
 気持ちを声に乗せていきながら、俺は大和の側に歩み寄る。じっと見つめて根気良く待てば、やがて大和の唇が、根負けしたように開かれた。
「……ちがう。過ちなどと思っては、いない。あの夜、私は浮かれてしまっていたのだ。君と互いの感じているものを少しでも共有できて、君がそう望んでくれて、嬉しかった。私は、君がそのように意識する前から、君のことが気になっていた。友誼を超える情を君に抱いてしまっているのだ。そんなことは知られるわけに行かなかった。君に軽蔑される位ならば、このまま共に居られればそれでよいのだと己に言い聞かせた。なのに」
 瞳に、言葉に複雑な感情の色が見え隠れする。戸惑いと不安と自己嫌悪──そして、熱情。大和が切々と俺に告げたのはまさに告白だった。気づかなかったことが申し訳なくなるくらいの、真剣なものだった。
「君に口づけられて、求められて、喜びで芯から震えた。龍脈に酔ってのことだと解かっていても。君が私に触れて笑って、抱き締めて幸せそうな顔で眠っているのを見たとき、幸福と、浅ましい思いが私を支配した。龍脈を用いて君を誘惑すれば、またこのように君は私を欲してくれるのだろうかと。だがそのようにして君をものにしたとして虚しいばかりだ。そのようなことをする訳にはいかなかった。そうでなくとも私は君の前では抑制が外れてしまうようだったから」
 だからこそ大和は、必要以上に俺の前で気を張って、龍脈を欠片でもこぼすのことのないように勤めていたのだ。俺が龍脈によってまたあの夜を繰り返さないように。それは嫌悪からではなくて、大和の矜持が許さなかったのだろう。
 語られたものこそ、俺が知りたいと思っていた真実だった。あの時行為を許された理由、それが好意であるか知りたかった。
 全てを告げた大和はこの世の終わりのような顔をしている。俺、ちゃんとあの日のお前が忘れられていないって言ったのにな。遠まわしすぎたのかもしれない。どうしたら、俺も龍脈の所為じゃなくてお前に惹かれているって、きっかけはどうあれ、今こうしている気持ちに龍脈の香りは関係ないって、伝わるんだろう。

 考えて、言葉を捜して、見つからなかったから、俺は──
「大和」
 名前を呼んで、俯く顎に手をかけて持ち上げる。しろがねの双眸が見開かれ、俺の行動を大和が確り認識してしまう前に、動く。
「んん、うっ…! ふぁ、ぅ……」
 重ねた唇はやっぱり甘く感じられた。やわらかく触れるだけで昂揚する。でも重ねるだけでは飽き足りなくて、深く深く舌まで入れる。今は完全に素面なのだから、この間のことが酒や龍脈に酔ってのことなら、同じことが出来るわけがない。俺は元々女の子が好きだし、今だって大地とかとキスしろって言われたら、挨拶や悪戯レベルでなら兎も角、ディープなものまでできる訳がない。
 嫌悪はなかった。心地よさと甘さしかなくて、抵抗されなかったのを良いことにたっぷりと長く口付け続けた。流石に苦しくなってきたのか、大和に軽く胸を押されて漸くキスを終わりにする。
「君、はッ、突然、何を……!!」
 酸素が足りず生理的な涙の浮いた瞳は、睨みつけるのにはむかないと大和は多分気付いていない。
「俺も大和のことこういう意味で好きになっちゃったから、大和が龍脈を零していようといまいと一緒だよって伝えたかった。言葉だけより、伝わっただろ?」
「……本当なのか? 本当に、君も、私を」
 濡れた唇に指を当てながら、大和が信じられないものを見るように俺を見ている。どれくらい、彼は俺のことを思ってくれていたんだろう。ずっと気づくことのなかったことも含めて、ちゃんと話し合いたいなと思った。
「信じられないならもう一回キスしようか?」
 俺の答えに、大和は悩むように睫毛を揺らした後、こくんと頷いてきた。して欲しいという意思表示。龍脈がなくったって癖になりそうだなと思いながら、また唇を落とす。
 重なる瞬間、すき、というかたちに大和の唇が動いて、俺は微笑んだ。ふわりと大和から色濃く彼自身の良い香りがする。戸惑いと望外の喜びに揺らぎながらも、花が開くように甘くて、好ましい。燻る香りはこの上もなくいとおしく思えて、俺もすきだよと溶け合う吐息のなかで答えを返した。


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