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自主的に実力主義ED後の初の話はこれがはじめてですね。基本的には大地ルートな子なので。
でもこの話は実力主義がいいなあということで書いてみました。
目が見えなくなるのがウサミミパターンも考えてみたんですけど、一時的に目が見えなくなるのであっても薄暗くなりそうだったのでヤマトさんに耳聞こえなくなってもらいました。
音を喰う式神については蟲師でなんかそういう蟲がいた気もするなあと思いつつ書いたので発想元はその辺りです。
峰津院家は音を喰う式を飼っている。そう大和はおれに教えてくれた。その式というのは、何代か前の峰津院家のご当主が契約を取り交わしたものらしい。大和の家にはそう言った存在が片手で数え切れないくらいの種類、いるのだそうだ。
その式神は、無差別に音を喰うのではなく命令した音だけを食べさせることで、機密を守ったり潜入を容易にしたり、何かと重宝するのだという。ただし、使役には相応の代償が定められていた。
式神たちの望む音を一年に一度食わせてやること。それは峰津院家の中でも、式神たちに気に入られたものが行うそうだ。
"給餌"と呼ばれるその儀式は、式たちを耳に憑依させて一週間を過ごすだけだが、その間取り憑かれた者は自身の発する音と耳にする音のすべてを式に喰らわれるのだと。
何故こんな話をおれが大和から教えてもらえたかというと、いま大和の耳に、件の"音を喰う式神"が憑いているからだ。
今朝、大和は内々の仲間だけを集めて、一週間、自分が聴覚と声を失う旨を伝えてきた。式神たちは大和を気に入っているらしくて、ここ十年近く、毎年彼を憑依先として選んでいるのだそうだ。
五感のひとつを取り上げられるようなものだから、それなりに負担になることだと思うのだけれど、必要なことだからと大和は当たり前のように受け入れていた。
両手で自分の耳を覆ってみる。ごうごうと体内の音がみみのなかに響き渡って、完全な静寂が訪れることはない。音のない世界とはどんなものだろう。想像するだけでも途方ないのに、大和は泰然とその中に身を置いている。
仕事だって平常運行とはいかないけれど、デスクワーク位ならば問題ないと、自室で書類を片付けているくらいだ。こんな時くらい休めばいいのにと思うけれど、世界の理が革められてからまだ一年も経たない。
弱みはできる限り伏せるべきだという判断は妥当だから口の挟みようもなかった。おれにできることはといえば、大和の側で護衛を勤めつつ、書類仕事を手伝うくらいだ。やりとりは筆談でなんとかなるので、多少時間はかかるがまったく意志の疎通がはかれない訳ではない。
ただ、同じ部屋で作業しているにも拘わらず、ペンの音が一人分しか響かないというのは変な気分がする。息遣いもきぬ擦れの音もしない。大和は元々必要以上の喧騒をよしとしない静かな人間で、仕種にも粗暴な所は欠片もなくひたすら優雅だけれど、ここまで何の音もしないと、部屋のなかにはおれだけしかいないんじゃないかという錯覚がしてくる。
それでついつい何度も書類から顔をあげて、大和が確かにそこにいることを確かめているのだけれど、あんまり何度も見ていたからか、視線に気づいたのか、たまたま顔を上げたらしい様子の大和ともろに目があってしまった。
……気まずい。
でも、水晶玉みたいな銀に透き通る目がまっすぐおれの方を見てくるから、視線を逸らそうにも逸らせない。大和は暫くおれを見ていたが、不意に筆談用の紙に何事か書きはじめた。
筆跡には人柄が幾らか現れるというけれど、大和の書く文字は整って読みやすい。端麗と言っていい。そんな文字で綴られたのは。
『何か言いたい事や用事があるのか?』
やっぱり見ていたのに気付かれていたんだ。申し訳ない。その上大和のほうから気遣わせてしまった。
この現状を不便に感じているだろう人間は間違いなく当事者である大和だろうに、健康そのものであるおれの方がこんな落ち着かなくてどうするんだ。こういう時こそどっしり構えて、不測の事態にはおれが対応しないとだめなのに。
だから、せめて『なんでもないよ』と首を横に振って見せた。大和はおれの動作を見て少し考えるような間があったが、まだ仕事が終わってなかったのもあったのだろう。最終的には頷いてくれた。その時も髪の流れる音はしない。再度ペンを動かし始めても部屋の中は静かなままだ。
それはひどく心許なくさびしいことのように思えて、それ以上に大和は今これよりもっと静かな世界に身を置いているのだと思ったら堪らなくなった。だけど、そのことを心苦しく思うより書類を一枚でも多く片付ける方が大和のためになるのは間違いなかったから、おれはぐっと自分の中に生まれた感情の塊を飲み込んで、己に割り振られた仕事と向き合った。
大和の状態が状態なので、普段より上がってくる書類は少なくなっている。朝に申し出てくれたことだが、真琴さんたちが自分たちの所でできる分はできる限り片付けて、処理しなければならない書類ではなく、ある程度まとまった報告書の形にして回してくれているのだ。いつもなら大和は自分でした方が早いことはどんどん自分に回してさっさと片付けてしまうので(実際大和の処理能力は局内でも随一で誰より早く丁寧に仕事をこなす)、真琴さんたちの協力をよしとしているのは普段より自身の仕事能率が落ちていると本人が理解しているからなんだろう。
聴覚と声、よりにもよって伝達手段の中でも視覚と並ぶ位に大きいものを持っていかれてしまっている所為で、いくら大和とはいえ全く普段通りに過ごすことは難しいみたいだ。肩を叩くまで気付かなかったり、おれのことを呼ぼうとしたのか唇だけ動かしたりするのを何度か見た。咽喉に手を当てて少し眉を下げている様子に、あるべきものがないっていうのは不便っていうレベルじゃないよな、と改めて思う。
それでもどうにか互いの仕事がひと段落着いたので、お茶を入れることにした。おれはココアで大和は紅茶。お子様味覚と言わないで頂きたい。前は美味しい紅茶の入れ方ってよく解からなかったけれど、大和と居るうち入れ方を覚えた。どうせなら美味しいものを飲んで欲しいなと思って試行錯誤してのことだ。
砂糖をどれくらい入れるかとかミルクやレモンを添えるかとか、細々したことは大和のその日の疲れ具合とか気分にもよるので、何時ものように準備をしながら「どうする?」と尋ねてから、おれは今は声をかけても届かないと思い出す。振り返りもしないで聞いてしまったから、当然大和の反応はない。
そうっと様子を窺えば、何時ものように背筋を伸ばした綺麗な姿勢でソファに腰掛けているのが見えた。何もかも何時もどおりに見える大和。少なくともそう振舞える胆力が凄い。凄いけど疲れないんだろうか。
とりあえずおれは大和の元に近づき、筆談で質問し、それを見た大和がくれた答え通りにお茶を入れることにした。砂糖の量が小さじ半分何時もより多くてミルクティーが良いという注文を見て、見せないだけで神経を張っているんだと解かった。だってそれは大和が疲労の色が濃い時に好む味付けだったから。
味付けはどうかといちいち筆談で尋ねるのも気後れしてできなかったけれど、カップをゆっくりと傾けた大和がひとここちついたように目を細めてくれたから、失敗してはいなかったようだ。
お茶の時間の後、順当に仕事を片付け、出来た時間は大和に部屋でゆっくりして欲しかったのだけれど、そうもいかないらしい。
『式神たちに音をくれてやらねばならん』
普通に生活しているだけでは、人間そう沢山の音を生み出すわけではないので、積極的にうたを唄ったり楽器を弾いたりといった"慰安"が必要なのだとか。
大和はどんな風に唄ったり演奏したりするんだろう。今までそういう場面に遭遇することはなかったから知らない。残念なことに聞くことも出来ない。いま、大和の声がおれに届かないのと同じ理屈で、端から式神たちが食べてしまうからだ。
ただ、きっととても綺麗なのだろうと想像することだけは出来た。
私室でコートを脱いで寝台に腰掛けた大和が、声はないけれど確かに"うたっている"だろう様子で唇を動かす。
目のない蛇か龍のような姿をした、煙のようにぼんやりとした姿の幽体、音を喰うという式神たちがいくつも現れて、響いているのだろう音を楽しむように、味わうように、大和の周囲をくるくると舞う。
とても幻想的な光景だった。悪魔をはじめとする非日常に馴染んで身を浸すようになっても、神秘と呼べる現象はおれにとってまだ目新しい。ふしぎできれいなものには心惹かれる。
大和の耳は聞こえないから、直接触れたりしない限りは邪魔にならないと分かっていても、何となく空気を読んで少し離れたところを居場所に選ぶ。壁に背を預けて、おれは大和の様子を窺い見ていた。
そうして暫く大和は式たちに歌をくれてやっていたが、おれが控えているのが気になったのか、口を動かすのを止めて、紙に筆を走らせた。
『初、退屈だろう。私は夕刻までこうして部屋に居るから、お前は外に出ても構わんのだぞ?』
大和の歌が聴けないのは残念だけどおれは別に退屈とは思っていなかったから、首を横に振って見せた。式神が離れたあとにでも頼んだら、今度はおれのために唄ってくれるだろうか。
『耳が聞こえぬ程度で他者にそう遅れを取るつもりはないが、お前は責任感の強い性質だったな』
別に責任感だけで傍にいる訳じゃないのに、微妙に伝わりきらない。おれはただ大和のこと、心配なだけなんだけどな。
改めて口にしても『問題ない』とかそんな風に返されそうだったから、おれは大和に近づいて、ペンを借りて紙に言葉を書き込む。
『隣、座ってもいい?』
ただ傍に居たいのだとこれで少しは伝わるだろうか。おれのお願いを見ると大和は少しだけ目を瞬いてから、軽く自分の隣を叩く動作をした。良いということなんだろう。了承を得て隣に腰を下ろすと、大和の腕がごく自然におれの肩に回って大和のほうに寄せられた。
少しびっくりして大和を見ると薄い唇が何事かを紡いで動くのが見えたけど声がないから内容が解からない。
「ごめん、大和。なんていったか解からない」
言ってから自分の声も大和には届かないのだと直ぐに気付いてものすごくもどかしくなった。こんなに近いのに、視覚情報にしないと言いたい事の一つも伝わらないし届かない。
周りをふよふよと飛ぶ式神が少しばかり憎らしくなった。仕方のない事だというのは解かっているけれど、おれと大和の間に交わされる音のすべては、彼らが全部食べてしまうから。
おれが軽く眉を下げてふよふよたちを睨んでいる間に、大和は紙に新たな文字を書き起こしていて、おれに渡してくれた。
『こうしていないと隣にいてもお前が居ると解かり難い』
行動の理由を説明されて、おれはさっき自分が仕事部屋で感じていた不安と似たものを大和も感じていたんじゃないかと思い至る。
一緒に居るのにまるでひとりぼっちみたいなあの感覚。どうしてもっと早く思い至らなかったんだろう。
おれはそっと大和の手を握り、彼の肩に身を預けた。手袋越しでも少しは暖かさや存在が伝わるといい。
すると大和は手を握り返してくれる。よかった。視覚や触覚まで食べられたりしなくて本当によかった。こうやってくっついたら伝えられる。
「傍に、居るよ。特別なことは出来ないけど」
大和を見つめて、そっと呟く。これは届かないと解かっているからこそ言える言葉だ。
「おれの耳とか声を、ちょっとでもあげられたらよかったのにね。せめて半分だけでも」
そんなもしも仮定なんて無意味だと切り捨てられるだろうこと。それでもできたらいいのにと思わずには居られない。
「大和はいつもおれが代わったり助けになれないことばっかり背負ってて、ちょっと苦しい」
世界が書き換わる前もそうだった。札幌の時、それから龍脈の龍を呼び出す時。大和は何時だって大事なことをひとりでこなす。大和じゃないとできないこともすごく多くて、こうして彼の隣で働くようになっても偶に歯痒くなる。
「……好きなだけじゃ、なんにもできないんだもんな。おれができることって割とみんなにもできることだし」
大和はおれのことを実力があるって認めてくれて、おれも彼の信頼に答えられるように、期待を裏切らないように努力はしているけれど。おれがしているようなことはきっと、他の実力のある誰かでもできることが殆どだろうから。そうじゃなくてもっと、大和だけが背負う重みを、少しでいいからおれも手伝えたら、軽く出来たらいいのに。
ないもの強請りだと知っている。大和は荷物を背負う自分をよしとする奴だってことも。だからこれは単なるおれの我侭。苦境であっても何時だって凜と立つ、弱いところを殆ど見せないひとつ年下の彼の姿はまぶしくて、同時に少し寂しい。
「でも、おれ、大和が好き。好きだよ。これだけは譲らないし、負けない。もっと役に立てるように頑張るから、これからもここにいさせてね」
内にためて弱気になるのは良くないから、こうして大和に聞こえない、解からないだろう機会に吐いてしまう。特に最後は何か告白まがいというかそのものになっていて、とてもじゃないけどこれは大和の耳が聞こえるときには口に出来たものじゃない。
決意を改めて固めて少しスッキリしたところで、不意に大和に強く抱きすくめられておれは硬直した。
「!?」
突然の展開に頭がついていかない。そんなおれへと言葉の綴られた紙が差し出される。それに目を通しておれは驚愕した。
『お前は相変わらず自分の価値というものを解かっていないのだな。私とお前でできることが違うなど辺り前の話だろう。あまり思い悩むな』
完全にさっきまでおれが口にしていた独り言の内容を知らなければ書けないようなものだった。俺は思わず慌てふためく。
「な、なんでおれが喋った内容ばれてるの!? え? テレパシー? えええ??」
大和なら読心ぐらいできてもおかしくないんじゃないかと思ったが、違うというように首が横に振られた。
『唇の動きを読めばわかる』
読心ならぬ読唇術ってやつか! そんなの身につけてるならはじめに言ってよ、大和…。知ってたらあんなこと絶対言わなかったのに。おれはもう顔から火が出る思いだった。
「……呆れただろ。あんなの」
思わず目を伏せる。最後の告白もだけれど、完全に愚痴にしか過ぎない内容を今大変な状況にある大和に知られてしまったのが心苦しい。
でも、大和は愚痴の方はあんまり気にしていないみたいで、さらさらと流麗な文字で反論が返って来た。
『そうだな、お前の無自覚振りにはあきれ果てる。だが、その謙虚さゆえに初は慢心と言う毒にはかかることがないとも言えるか。改めて伝えるがお前の代わりは誰にも勤まらん。お前にできることは確かに他者にも代替できるかもしれないが、お前ほど高度にかつ単独でそれをこなせるものはいない。何より、私の望むことを汲み取ってそれ以上の成果を出すことの出来るものなど今までにはいなかった。初、お前はもっと己を誇るべきだし、お前こそ私の待ち望み続けた』
途中で俺は思わず大和の手を押し留めていた。不満そうな顔をされたので、『もういい、わかったから』と隅っこに書き綴る。
大和は偶にナチュラルにおれのほしい言葉をくれたり、口説くようなことを言うけど、改めて文字で書き起こされると破壊力が凄い。
でも声に出されなくて良かったのかな。大和の声で、熱心にここに書かれていることを口にされたら別の意味で顔から火が出る。おれ、大和の声すきだし。
「……大和はおれを買いかぶりすぎだ……」
耳まで赤くなる顔を隠したくて俯きかけたら、再度差し出される、紙。
『初。お前は私の評価能力を疑うのか?』
「…………ばか」
照れ隠しだよ。気付いてよ。おれは改めて大和を見つめて、お礼の言葉を口にした。
「ごめんね、ありがとう」
感謝してる気持ちをもっとちゃんと、声がとどかない分も伝えたかったから、『すこしだけ目を閉じて』と大和にお願いした。
この状況で視覚を閉ざさせるのは大丈夫だろうかと少し気になったけれど、大和は抵抗なく瞼を落としてくれた。
大和の目がはっきりおれを映しているやりにくいから、助かる。おれはそうっと大和の首に腕を回して、ちゅっとごく軽いキスを贈った。
おれからこういう事はあんまり仕掛けないけど、いまはたぶん言葉よりスキンシップのがいいと思えたから。
恥ずかしくて唇を離すと同時に身体も離そうとしたけれど、目を開けた大和に捕まってしまった。
ゆっくり、大和の唇が動く。多分これはおれに解かるように言っているんだ。
『あまり可愛いことをしてくれるな』
もしかしたら違うことを言っていたかもしれないけど、表情からして言いたい事は大体そんな感じだ。するりと大和の手が滑って、おれの頬を撫で、今度は大和のほうから唇を重ねてくる。
その口付けは直ぐに、おれが仕掛けた羽根のように軽い子供のキスとは違う、深いものに変わっていく。
……おれもしかして眠れる龍を起こしちゃったのかな!?
でも、大和を突き飛ばしたりしようとかそういう気持ちにはならなかった。恥ずかしいけど、おれの気持ちはさっき口にした通りだったから。
「…ん、ぅ、ふ……」
ぬるりと絡まる舌は熱くてやわらかくて、気持ちがいい。何の音も大和から聞こえないからおれの乱れる息遣いだけが部屋に響く。これってすごく恥ずかしいかもしれない。
ごく自然に口づけられながら寝台に押し倒されてる。大和の手が確かめるみたいにおれの身体をまさぐって、お気に入りの白いパーカーはボタンを器用に外され、剥ぎ取られた。
大和の唇がつうっと唾液の糸を引いて離れる。拭う仕草が色っぽくて心臓が跳ねた。おれ、まだ昼なのにこのまま何時もみたいにぱくっと食べられちゃうのかな、と思いつつも、嫌な感じはなくって、受け入れられる気持ちだった。
けれど──ふよふよが、大和に憑いている式神が、ふと視界に入ってきて、一気に覚めた。
「や、大和! 駄目、待て、ストップ!!」
そうだ。今、大和とそう言う事になったらこの式神たちに音を食べられてしまうわけで。おれの恥ずかしい声とかそういうのも全部式神の腹に収まるんだと思うと、無性に羞恥心がこみ上げてきた。
何より、大和のこえとか息遣いとかそういうものも全部もってかれてしまうのが面白くない。
「……式神、居なくなったらしていいから。こえ、食べられたくない」
そう唇を動かしたことで、言いたい事は伝わったらしい。大和は頷いて身を引いてくれた。まだ心臓がドキドキ言っているけど、パーカーを着直して自分を落ち着ける。
おれが身支度を整えている間に大和のほうも昂揚を逃がしおえたようだ。寝台に座りなおした姿は、さっき一瞬だけ見えた肉食の獣みたいな獰猛さは鳴りを潜めていて、何時もどおりの静かな大和だった。
それを見ておれも大和の隣に座りなおす。大和の手はまた紙に何事か書きつけていた。
『この"給餌"に関して格別痛痒を覚えたことはなかったが、今初めて難儀だと思ったぞ』
「……そ、そんなに、したかった?」
煽るだけ煽ったみたいなかたちになってしまっただろうか。少し申し訳なくなったら、大和は違うというようにかぶりを振った。またペン先が動く。
『お前の声がこの耳に届く前にすべて食われているのだと思うとどうしようもなく不快だ』
いつも整って読みやすい文字が僅かにぶれて、大和の感情の揺れを伝えてきた。
独占したいのがおれだけじゃないとわかって、不謹慎だけどうれしかった。ペンを大和からそっと奪い取って、返事を隣に書き付ける。
『一週間経ったら、一週間分、何だって聞かせるから。おれだって大和に聞かせてほしいものがあるんだよ』
息遣いにきぬ擦れ、大和がそこにいる証の音。おれがまだ聞いたことのない彼のうた。
何より話す声が聞きたい。それから、大和のあの良く通る綺麗な声で、おれの名前を呼んでほしいと思う。他のひとのことはなかなか名前で呼ばない大和が、俺のことはちゃんと名前で呼んでくれるのがすきなんだ。
「待ってるから」
そう言って笑ったら、大和の唇がまたおれの唇に重なって、今度は優しく触れるだけのキスが、しずかに繰り返される。
音のない世界でもぬくもりだけはちゃんと届くと解かるから、今は鼓動の音すら聞こえない大和の身体を、ちゃんとここにいると確かめるみたいに、捕まえておくみたいに、おれは腕を回して精一杯に抱き締めた。