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発売日=ウサミミさんの誕生日ということで、うさ誕ネタ。ウサミミごとに一応個別の誕生日を設定しているので、細かい日付や季節は作中ではぼかして書いています。
ルートは違いますが、話の前提として主ヤマの局長誕生日SSと同内容のことがあったという設定です。
微妙にプレゼントの内容がヤマ主で書いたものとかぶってるんですが、趣をすこし変えて見ました。
大地がカップルのあれこれに巻き込まれて若干不憫。
一日の業務を終え、局内の自室に引き上げた私は、ここのところ時間ができる度に思案を向けている悩み事にまた意識を傾けていた。
寝台に腰を下ろした私は、一週間先に控える日付に思いを馳せる。
その日が北斗の誕生日であることは、とうの昔、それこそ彼に出会い、個人プロファイルを収集させた辺りで知り得ていた情報だった。
毎年誕生日を祝うという風習に首を捻ること十七年、意義を見出だせずにいた私であったが、今年の誕生日を北斗に祝われたことで考えを改めざるをえなくなった。彼は何時も私が無意味や無駄と決め付けていた物事に、新たな価値を示してくれる。成る程、慕わしい誰かに、己がこの世界に産まれ生きていることを、心からめでたく感謝すべきことであると祝われるのは悪い気がしないものだ。
以来、私も北斗に返礼がしたいと考えていた。私の誕生日、彼が彼にできる精一杯の歓待や祝福をくれた日からずっと、誰に言われた訳でもない私自身の意思で、そうしてやりたいと思っていたのだ。北斗の誕生日はその絶好の機会である。
だが、北斗を祝いたいと考えている人間は彼の周りに数多い。仕方ない。彼は人を引き付ける性質の人間であるし、別けてもあの七日間を共に過ごした者にとって北斗が特別な存在であることは全員共通の認識である。その生誕日も特別な日となるのは自明だ。
志島が当日にはパーティーを開くつもりだと三ヶ月前には触れ回っていたくらいである。どうやら奴は、我々ジプスの人間がスケジュールを調整できるようにと早めの告知を決めたらしい。
『大和もその日は空けておいてくれよ。あいつ絶対みんなで祝ったほうが喜ぶからさ!』と、屈託なく当たり前のように誘われて、頷いてしまった自分は以前とは矢張り変わったのだと思う。
有用性は認めるが、宴席の類は好きではなかった。だが、それはあの腹の下を探り合い、うわべだけ取り繕って会話するような雰囲気が厭わしいだけであって、謀のない、個人のささやかな祝いは混ざっても構わないと考えている。存外、私は奴らに気を許しているというのもあったし、北斗を祝うための席であるならばできるだけ参加したかった。近頃はスケジュールを事前に調整すれば半日や一日程度個人的な時間を作ることは可能だ。
北斗はにぎやかな催し事が好きだから、志島らと共に祝えば喜んでくれることだろう。
ただ、問題は。
手袋の上から、左手薬指の付け根を静かになぞる。誕生日以来、考え事をする時の癖になっている仕草だ。白絹の下には、北斗が私にくれた約束の証が嵌まっている。
今や私のひそやかな支え、拠り所のひとつとなっている北斗からの贈り物。そんな、胸に温かな灯が点るような何か、そうでなくとも北斗が嬉しいと目を輝かせてくれるような特別を、私も彼に誕生祝いとして贈りたい。それが目下私を悩ませている問題であった。
祝い事そのものは大勢でするからこそ、贈り物は北斗の目に止まるようにしたかった。だが私には、個人として誰かに何かを贈った経験などない。
私からも彼に指輪を贈れたらよかったのだが、用意周到な彼はそもそも揃いで指輪を誂えていた。であればそこにまた指輪を渡すのは無粋だろう。そもそもあまり着飾る人間ではないから、他の装飾品というのも憚られる。
さりげなく探りを入れた所、志島は北斗が好きだという菓子を買い付けるらしい。食べ物であれば成る程無駄にはなるまい。好物であればなおのことだ。新田はハンカチを選んだという。普段使いのものは、いくらあっても困ることはないだろう。周囲をよく見ている新田らしい選択だ。
他のものたちも思い思いに考えた、北斗を祝うための品を用意しているようである。こういった事柄には疎そうな栗木ですら、既に花を贈ると決めているらしい。そうして情報を得てしまうほどに選択肢は狭められ、私は彼に何を贈ったらいいか、益々解からなくなってしまった。
思えば私は北斗に喜ばせてもらうばかりで、彼が何を好きだとかどんなものを嬉しいと思うのか、そこまで詳しくないということに愕然とする。こんなことで何が盟友、恋人か。
ここまで来て未だ北斗に贈る物を決めかねていた愚鈍な私は、恥を忍んで彼の幼馴染である志島に相談をもちかけることにした。
電話口で、プレゼントに悩んでいる旨を伝えると驚かれたが、何だかんだ言いつつ志島は私の問いに答えてくれる気のようだ。
『えっ、マジでか。あのヤマトがなあ。……ま、お前アイツのこと大好きだもんな』
一応、私は北斗との関係をおおっぴらにしているつもりはなかったのだが、何時の間にか仲間内では私と彼が付き合っているということは共通の認識になっているようだった。解せないが、別段そのことで謗られたり疎まれるわけでもないので文句はない。とはいえ、こうやってニヤニヤとした笑みを浮かべているのが想像できるような声で言われると、落ち着かない気持ちになるのは確かだ。電話をかけたのが私からでなかったら、一度通話を打ち切っていたかもしれない。
「……さっさと本題に入るぞ、志島。こういった時どういうものを遣り取りするのが妥当なのだ? 北斗のことだ。金をかければ喜ぶというものでもないだろう」
『まあね、アイツ、なんだかんだでそこまで物欲も金欲もないし。お前が上げれば何でも喜ぶ気はするんだけどなあ』
「私からに限らず人から貰う物ならば、なんでも無碍にせず受け取る男だろう。彼は」
『アイツ、贈り物捨てられないタイプなんだよね。オレが小学校の時にあげたペンまだ使ってたりするし』
「ほう。そういえば随分と古い文具を使っているものだと思っていたが、そうか、アレはお前が北斗に贈ったものだったのか」
自分でも声が低まって冷えたのがわかった。ちくりと胸に走る疼痛。偶に志島と話しているとそうなることがある。志島と北斗の間にある、私には越えられぬ降り積もった長い時間と育まれた絆を感じると何時もこうだ。らしからぬ、制御できぬ感情。それが嫉妬と呼ばれる類であることを私は解かっていたし、口にしてどうなるものでもないこともよく理解している。実際、志島の方が今の私よりずっと、北斗の内面に詳しい。面白くはない。面白くはないが、それでも今こうして私が志島に頼っているのは事実だ。
『も、もしもし、ヤマトさーん? ちょ、微妙に声怖いんだけど』
「…………気の所為だ。話を続けるとしよう。参考までにお前は今までどのようなものを北斗に贈ってきたのだ?」
時に妙に察しが良い志島は、電話向こうにいても私の感情の乱れを察したらしく微妙に挙動不審になったが、生まれかけた悋気を私は呑み込んで私は平静を繕う。今は少しの時間も惜しいのだ。
──それから二時間に渡って話し込んだものの(私の知らなかった北斗の昔話などを聞くことが出来たので、有用といえば有用な時間ではあった)、志島から彼が北斗に以前に贈ったものや北斗が喜んだプレゼントについて聞き、私が考えたプレゼント候補について志島の意見を聞いた。私が考えたものは志島は『北斗には少し渋すぎるんじゃないか』、と微妙にぼかした物言いだったが、ようは若者の好みからは外れているようで候補から消すことにした。その後、志島にも色々と案を挙げてもらったが、それらはすべて、既に誰かしらが贈り物に定めているものであった。
「志島、次だ。他にはないか?」
『やー、そろそろオレちゃんが出せるアイディアも打ち止めよ。まあ12人もいりゃ誰かしらと被るわな。もうダブるとか気にしないで好きなモンやったら? 花とか食べ物ならそれこそどれだけあったってアイツ喜ぶっしょ』
志島の声音には、そろそろ疲れが滲みつつある。とはいえ、こいつ以上に北斗のことを知るものはいないし、またこの歳の一般的な人間が好むものを理解している志島程、今回の件において役立つ助言者は思いつかない。今暫し付き合って貰う必要があった。
「私は…北斗が何より喜ぶものをやりたいのだ。誰かと同じが悪いとは言わん。だが、そこには驚きやら新鮮さが落ちるのは確かだろう。出来れば避けたい」
『ヤマトって真面目だよな。妥協しないっつーか、わーった。もうちょい付き合っちゃる』
「……感謝する。それで、何か、ないか? 未だ挙がっていない、彼が好きなもの、喜ぶものは……」
『うわ、あのヤマトがオレに礼を言うとか明日は雨が降るんじゃね!? んー…にしても、他のアイツが好きなもの、喜ぶもの、ねぇ……』
電話の向こうで思案していると思しき沈黙をはさみ、志島は妙に明瞭な声で──それは志島や北斗が冗談をいう時によくある響きであった──こんなことを告げた。
『そうだ。アイツが今一番好きなものって言ったら恋人なんだし、お前じゃん? もういっそヤマトが自分にリボンでも巻いて、「私がプレゼント」、とか言ったらアイツ、すっげえ喜ぶんじゃね?』
「!? ──ッ、そんな恥知らずなことが出来るものか!!」
余りに余りな物言いに、私は反射的に、志島との通話を切ってしまった。
だが、少し落ち着いて考えれば、二時間も休みなしに相談に付き合わせたのだ。疲労して集中力の落ちた志島が、冗談のひとつも口にした所で目くじらを立てるのは大人気ないと思い直す。私は再度電話をかけた。
「……志島。冗句ひとつ流せないとは私も随分と頭が煮えていたようだ。だが、もう少し付き合ってもらえるか」
『ああ、うん。オレも悪かったよ。お前が真面目って解かってるのに妙なこと言ったわ。北斗の奴は割りとさ、ジョークとかシャレとか好きだから、つい、な?』
互いに短い謝罪の後、私たちはまた話し合いに入ったが、結局志島からも私からも有効なアイディアが出てくることはなく、その日は終わった。
***
一週間が過ぎるのはあっという間だった。悩みに悩む内、日時は光陰のように流れ、とうとう北斗の誕生日当日になってしまった。最早進退窮まった。
志島主催の誕生パーティー事態は恙無く終了した。皆に祝いの言葉をかけられ、心尽くしの料理や祝いの品を振舞われた北斗は、本当に幸せそうだった。にこにこと機嫌よく笑う顔は、見ているこちらも良い気分になるようなもので、だからこそ私は、自分が彼の為に何かを用意してやることができていない事実に打ちのめされた。
誰かから贈り物を貰っては嬉しそうに笑い、礼を述べた後に、北斗がちらりと私の方を窺い見ていたことには気付いていた。
言葉で何か要求されたわけではない。それでもその青い視線に幾許かの期待が滲んでいることは明白で──かくなる上は私も腹を括るしかない。
夕方過ぎに始まった祝いの席は、夜も更けるころ解散の運びとなった。
「やー、楽しかった楽しかった! こんなに大勢に祝われたのって初めてだ」
まだ昂揚の覚めやらぬ声で言い、北斗は沈み込むように居室備え付けのベッドに腰を下ろす。ぱたぱたと脚を揺らして目を細める彼は本当に機嫌良さそうだ。
会場──東京支局の一室をこの為に貸与した──から引き上げてきた北斗は、私と共にジプスの居住区に来ている。久しぶりにかつて災厄の折に寝起きしていた部屋に泊まりたいなどと彼が言うから、利用を認めた。元より普段は余り使う場所ではないし、民間協力者としてジプスに出入りすることも多い彼相手ならば機密的にも問題もない。
「ヤマトもありがとな? わざわざジプスの会議室をひとつ借り切ってくれたとか、迷惑じゃなかった?」
入り口の扉を閉めて中に入った所で、北斗が少しだけ窺うような目を向けてくる。私は平気だと首を縦に振った。今回、会場として提供した第三会議室は、居住区以上に使われることの少ない場所であった。緊急時でもなければそもそも会議自体開かれる機会は少なく、時折ミーティングやオリエンテーションに使われるくらいであり、今回の使用が二ヶ月ぶりという有様であった。施設の利用状況を多少見直す必要がある気もしている。
「問題があるようなら使わせはしないさ。……楽しめたか?」
北斗の様子を見ていれば、聞くまでもない質問であった。予想に違わず、私の問いを受けて彼は満面の笑みを浮かべ頷く。
「今まで18──いや今日で19か。そんだけ生きてきて、一番楽しい誕生日だったよ。本当なら知り合うはずもなかったそんな面子が全員揃って、あんな賑やかにして、みんな──お前も笑っててさ」
優しい目をして北斗は表情を緩める。
くだらないはずのレクリエーション。なんてことのない出し物や、会話の遣り取り──以前ならば関わることすら愚かしいと思っただろう時間。未だ慣れず、親しみきれず、戸惑うことも多かったが、北斗の隣で幸せそうな彼と共にほかの人間に交じって過ごすのは、不思議と悪くないと思えた。そう、私も確かにあの場所で笑っていたのだ。そのことを自覚したときは自分でも驚いたものだ。
「君の誕生日、殊の外めでたい席だ。辛気臭い顔をしている訳にいくまい」
「でも、大和が俺の隣で笑っててくれると、やっぱり嬉しいよ。世界を巻き戻してよかったなって思える」
「どうだろうな。また我々や世間の人間が道を誤り、腐り行けば、容易くあの災厄の日々に逆戻りかも知れんぞ」
「……少なくとも、前は息苦しそうにしてた大和が、今はそうやって少しは穏やかな表情してられるんだから、復元した世の中は、中々捨てたものじゃないって思ってるけど。それに、こんな気楽な集まりを全員でできるのもこの道を選んだからだろ」
だからやっぱり楽しかったと、北斗は晴れやかに笑う。未だ、あの時世界を戻したことについて、それで良かったのだと何の迷いも悔いもなく頷けるかといえば嘘になる。私は私なりの理想を抱いて、ひとの腐敗を憂いていたのだ。それでも、彼がこの世界をうつくしいと思えるならば、私は未だ世界に絶望しきるには早いのだろう。本当に人類がどうしようもなく救われないならば、再度審判が巻き起こる。成る程これほど明確な判断基準もあるまい。
なればこそ今は私も、北斗の誕生祝いに何を贈れば良いのかといった、そんなくだらなくもどこか幸福な悩みを抱くことが出来ている。少しは、彼や志島が選んだ今の世界を肯定しても良いのかもしれない。
「今の所は未だ、君と敵対して再度理想の旗を掲げようとは思わんな」
「素直じゃないのな。まあ大和らしいか」
軽く顎に手を当てるようにして北斗は笑うような呼気を零す。そして、どこか悪戯な光を青い目に浮かべて私を見た。
「じゃあ、話は変わるけど。誕生日の夜に忙しい恋人とふたりっきりになれたんだから、俺としてはもうちょっとイチャイチャしたいなって思うんだけどな?」
視線が傍に来て欲しいと促している。私にとってはいよいよ引けぬ局面に差し掛かったようだ。
「暫し待て」
きっぱりと私が近づくことを拒否した為、北斗は少し残念そうに眉を下げた。
「え、駄目? この後って忙しい?」
「違う。準備があるから、君は少しここで大人しくしていたまえ。洗面所を借りるぞ」
本当にこれでいいのか。自分の中で何度も警鐘が鳴っているが、他に何も用意できなかったのだ。北斗に待つよう促して自らの退路を断ち、私は洗面所内へと身を滑り込ませる。何か言われてしまえば意気が挫けそうだった。
鏡の前に立つとポケットから、必要なものを取り出して洗面台へと置いた。ひとつ深呼吸をして気持ちを落ち着ける。大丈夫だ、問題ない。後は実行するのみだ。
まずは白い礼装手袋を外す。一度自分の指輪が嵌った手に唇を寄せたのは勇気を貰う為だ。私らしくもない事ではある。しかし、恐怖や苦痛は幾らでも飲み込めるが、羞恥心は心中においてまた別のカテゴリに存在しており御し難い。止まってしまえばもう動けなくなると見て、私は勢いに任せ、ジプスの局長の証である、装飾された重厚なコートを脱ぎ落とした。編み上げのブーツも脚を抜いてここに置いておくことにする。
何処まで脱いだ方が良いのか、非常に悩ましかったが──そういえば奴は私の足も好きだなどといっていたことがあったと思い出す。
……。
私は覚悟を決めてベルトを外し、自身のスラックスへと手をかけた。
そして。
「……北斗」
幾許かの時間をおき、洗面所から姿を見せた私の格好に、北斗が面食らって息を呑むのが解かった。無理もない。
所在無く私は腕を組み、自分で自分の上体を抱く。普段から身につけているジプス制服、そのシャツの裾が腿が半ば隠れるほど長いことに、感謝する日が来るとは。
今の私は、上は濃いダークグレイのシャツ一枚だけ。下は素足で──あとは身体全体に、デコレーションするように赤いリボンを巻きつけてある。
この部屋の密閉性が高く、彼と二人きりという状況でなければ、とてもではないがこんな恥知らずな格好にはなれなかった。
北斗の青い瞳が、真っ直ぐにこちらに注がれていて、時間が経つほどに私は思わず背走したくなるが、こんな格好では部屋の外には逃げられない。思えばこれでよかったのだろう。前に進む他の選択肢がなくなったのだから。
「大和、お前、それ」
「何も言うな。心が折れて憤死しそうだ」
「な、なら、無理するなよ」
気遣いは嬉しかったが頭を振ってみせる。ここまでくれば最後までしなければ意味がない。足元がすうすうするのが落ち着かなかったが、羞恥で表情をゆがめつつ、私は早足に北斗の傍に歩み寄った。
「五月蝿い。お前は黙って受け取れば良い。──私が、プレゼントだ」
そう言って彼の隣に腰を下ろし、体を預けるようにもたれかかった。色々限界だ。
正直な所、北斗がもしここで引いたような素振りを見せたなら、私はすぐそこの窓から飛び降りるくらいの覚悟であった。そうでなければ素面でこのようなことができる筈がない。
志島の冗談を真に受けた馬鹿なことをしているものだ。だがもう他に手が思いつかなかった。顔が赤らんでいるのが鏡を見ずとも解かる。頬が熱い。恥ずかしくて堪らない。穴が開くほど私を見つめているくせに、北斗が何も言ってくれないものだから余計にだった。
「あの、さあ。もう喋ってもいい?」
ただ視線ばかりを感じて落ち着かずに身じろいだ私に、北斗は少し弱ったような顔をして漸く口を開いた。
律儀なことに何も言うなという私の言葉を、北斗は守ってくれていたらしい。頷くと、これまでと質の違う笑みを北斗は浮かべて、私の身体を強く抱きすくめてきた。
私は彼の腕の中で小さく息を吐く。この反応ならば、嫌がられてはいないようだ。私は、恥ずかしい格好をした甲斐もあったかと安心しかけたが──
「あんなこといわれたら舞い上がっちゃうじゃないか。その格好も、見てるだけでドキドキしてくるし。でも、あんまり男の純情玩ぶようなことしないで欲しい」
途中から北斗の台詞の雲行きが怪しくなり、ゾクリと背筋の産毛が逆立つような心地がした。これは、何か。北斗は怒っているのか? 私にではなく、別の誰かに向けているようではあるが。
「大和さ、これ誰に吹き込まれたの。場合によっては俺、その相手を始末しないといけなくなるんだけど」
低められた声は冷たい。普段飄々として負の感情を表さない分、北斗が怒気をみせると迫力があった。
「言い出したのは志島だが、」
らしくないことばかりであるが、彼の勢いについ圧されて私は思わず口を滑らせて仕舞う。瞬間、北斗は私から手を離して勢いよく立ち上がった。
「大地か。わかった。ちょっと今から行って殴ってくる。あれだろ、これで俺が大和に手を出そうとしたら、向こうの扉から大地とかみんなが現れて『ドッキリ大成功!』とかそんな看板持って出てくるんだろ? 大和はつき合わされただけなんだろ? そうじゃなきゃお前がこんな男の欲望にダイレクトアタックなプレゼントしてくる訳ないもんな?」
「待て、落ち着け、実行に移すと決めたのは私だ。どっきりとやらではない!」
北斗は口許こそ笑っていたが、目が完全に据わっていた。何やら物凄い勢いで誤解している様子なので、私は声を張り上げて彼に制止をかける。彼の腕を掴んで捕まえ、引き止めた。
喜んではくれたようだが、私らしくない行動だった所為で北斗は裏で志島らが糸を引いていると思ってしまったようだ。矢張り慣れない事はするものではない。
「冗談や酔狂でこんなことができるか! ……ずっと何を贈れば良いか考えて、結局、選べないまま今日になってしまった。お前を、誰より喜ばせたかったのに」
目をあわせられなくて視線を伏せた。ああ、恥ずかしい。情けない。本当に私らしくない。北斗が勘違いするのも無理なからぬことだ。私の言葉を聴き、北斗はすっかり目を丸くしている。改めてまじまじと私を見てくる視線が気恥ずかしい。
「……え。じゃあ、その、マジで? 本当にお前がプレゼントで、俺は貰っていいの?」
「だから、そうだと言っている。……今日明日は休日を取った。今の私はお前だけのものだ。できることがあれば何でも言ってくれ。それ位しか、くれてやれるものがない」
ようやっと、これが混じり気なく私の自立意思による行動であり、何の含みも憂いもないと悟ったらしい北斗は、力が抜けたようにまたベッドに腰を下ろし、先程よりはそうっとした手つきで私に手を伸ばしてきた。
また抱き締められて、赤くなったままの顔を覗き込まれる。まったく、文字通り私が身体を張ったというのに、ここまで言い募らなければ疑ってかかるなど失礼な奴だ。だが、今や蕩けそうな幸福そのものといえる表情を浮かべた北斗を見ていると、私は何も言えなくなる。
「やまと」
「何だ」
「恋人が可愛くて死にそうです」
甘ったるい声で、そんな、感極まったように言わないでほしい。余計に恥ずかしいではないか。
照れ隠しも交えて、「死にそうなどと馬鹿なことを言うな」と口にしたら、「ならお前も、恥ずかしいからってそこから飛び降りるとか考えるなよ」と見透かされたようなことを返されてしまった。
「そんなに嬉しいのか? 形のあるものを私は渡せなかったのに。これでは後に何も残りはしない」
「そりゃ物で貰うのも嬉しいけど、大和が俺のために一杯考えてくれたことがすごい嬉しいし、お前からすれば恥ずかしいだろうことを頑張ってしてくれた。思い出だって後に残るものだろ? だから、ありがとな、大和」
額に褒章のような優しいキスが降りる。彼にとって、嬉しいものを与えられたならば、それは喜ばしいことだ。
「誕生日おめでとう、北斗。君が私と共に居てくれることに感謝する」
今は羞恥も忘れて、もっとも伝えなければならないことを唇に登らせる。私からも彼の頬に、柔らかくそっと、口づけた。私からのキスを受けて彼が嬉しそうに表情を緩める。
「現金だけど、お前に祝ってもらえるの、特別嬉しい感じがするよ」
やはり甘い声で告げられて、胸が高鳴る。銀色の石が光る指輪の嵌った北斗の手が私の手と重なって、大切に繋がれ絡め取られると、掌や指で口付けあっているようだと思った。もう片方の手は曝け出されている素足に延びてくる。形を確かめるようにゆっくり撫でられて、私は小さく息を呑んだ。北斗の青い、私の指輪に象嵌された宝石と同じ色の双眸が、熱っぽく私を見詰めてくる。
「所で、さっき、やれるものがないとか言ってたけど、俺にとってはどんな花より菓子とか素敵なものより、お前がいいし、一等好きだよ。くれるっていうなら何より喜ぶ」
触れ合うところから伝わる、早くなった鼓動や上がった体温、それに表情が、声が、彼の昂揚を伝えてくる。嬉しい、嬉しいと言葉以上に囁かれている気持ちだった。
「途中でなしって言っても返さない。今は俺のものってお前宣言したもんな。朝まで離すつもりないから、もし起き上がれなくなっても怒らないでくれよ?」
宣言する声に、先程とは違う意味で背筋が震える。皆の前では出さない声だ。二人きりのときにだけ聞かせてくれる、どこか艶のある声。
「私は前言を軽々しく翻したりなどしないぞ。……君の、望むままに」
唇に降りてくる感触に、目蓋を落とし視界が閉ざされる直前、見えた北斗の表情は、好物を前にした獣のそれに似ていた。どうやらプレゼントである所の私は、包装も解かれないまま、思う存分彼に頂かれてしまうようだ。
贈り物を北斗が喜んでくれていることに安堵すると共に、胸の中が少しだけすっとした。あれだけ北斗のことに詳しく、長い時間を過ごした志島でも、北斗のこんな顔、声は知らないだろう。私だけが知っている、私だけの北斗だ。それが、ひどく嬉しい。
夜が明けるころ、「来年もこうやって祝って欲しいな」などと、北斗が満たされた様子で甘く微笑むものだから、彼の次の誕生日を前にした時、私は贈る物について悩まずに済みそうだとそう思った。