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デビルサバイバー2(主ヤマ時々ヤマ主)中心女性向けテキストブログです。
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はじめは一本に纏めるつもりでしたが長いよ…と弾かれてしまったので前後編。

この話は、主→ヤマで主←ヤマな相互片思いというか無自覚両思いなんですが、一足早く主人公だけが恋情を自覚する話でもあります。
局長はなんとなく、好意とか敬意とかウサミミだいすき!な気持ちは強いですけど、それが愛とか恋とか自覚するにはきっかけがないとむずかしいような、時間がかかるような、そんなイメージです。
なんとなく北斗はどのルートを辿るとしても、概ねこの話を経ている気がします。
ここからの分岐で色々な話になるような。



 俺たちはちょっと互いに売り言葉に買い言葉し過ぎたんじゃないだろうか。

 先までの遣り取りを思い返せば、ノリと勢いで突っ走ったことを、北斗は少しばかり反省する必要があるかもしれなかった。
 互いに互いの意表を突こうと丁々発止を続けた結果が、これから男二人で同衾しようという御覧の有様だ。
 とはいえ、多少己を省みる必要はあるかもしれないが、最終的にこの事態を決定付けたのは北斗のひと言であり、後悔はない。
 大和の非常にレアな表情も見られたことだし、見たことのない大和の寝室にも興味があった。
 もう仕事の予定はないといっていたけれど、ちゃんと睡眠をとるかも気懸かりだった。
 だから、偶にはこんな夜があってもいいのだと北斗は思考を切り替える。
 寧ろ大和をもう少し知りたい、親しくなりたいと願っていたのが意外なかたちで叶ったと喜ぶべきだ。
 思えば別に同年代の男と同じ部屋で寝るなど珍しいことでもない。幼馴染である大地とは、よく互いの家を行き来し泊まりあったものだ。

 どちらかといえばこの状況は、大和にとってストレスになるのではないかという危惧の方が強い。
 何しろ育ちが良さそうな、他人と不必要な接触などしなさそうな相手だ。泊まっていくと言ったことを受け入れられた時は意外でさえあった。
 北斗は彼に評価されてある程度気に入られてはいるようだが、パーソナルスペースに立ち入るのを許されるような仲かと言えば疑問が生まれる。
 
 大和は、自分から言い出した言葉を引っ込めるタイミングを失って意地を張っている可能性もあった。
 本当は寝辛いのだとしたら、本末転倒もいいところだ。北斗は大和をきちんと休ませてやりたかったのだから。
 様子を見て、場合によってはひとつ年長者である自分が折れて譲歩しようと、大和のしろい横顔を隣で眺めながら北斗はひっそり決めた。
 今のところ、驚きが過ぎ去った大和は何時もどおり、落ち着き払って見えていたけれど。

 連れ立って通された大和の私室は、局長室からドア一枚隔てられた奥にあった。
 局長室以上に無駄な物がひとつとしてないような部屋だった。私生活を窺えるようなものはろくにない。
 幾らか広く家具の質も良いようだが、北斗たちに解放されている居住区画の一室と、デザインも内装も然程変わらないように見える。
「俺、大和は天蓋付のベッドとかで眠っているかと思ってた」
「…北斗の私に対する印象は随分偏っているようだな。ジプスは国家組織なのだぞ。不必要な贅沢など唾棄すべきものだ」
 北斗の妄想交じりの失礼な感想は、大和の言葉にバッサリと切り捨てられた。
「でも、ジプスのホールは大時計なんかもあって豪華じゃないか? あんな感じかなって」
「あれはあれで風水や卜占、陰陽道、呪術等を取り入れた霊的守護の意味合いがあるのだ」
 言われて北斗は思い出す。そういえば大阪本局はジプスの全てが結晶しているとも大和の口から聞いていた気がする。
 大災害の只中にあって施設機能にほぼ問題が見られないのも、建物自体に相応の技術が用いられているからなのだろう。
「ホールや司令室だけではない。手間隙をかけた本格的な結界とは比べるべくもないが、この部屋も君たちの部屋も、ある程度の魔除けを施してある。低位の悪魔や雑霊程度なら寄せ付けん」
「俺たちってやっぱりいろいろ優遇されてるんだな。守られてるっていうか」
「君たちにはそれだけの価値があると言う事だ。対価なら常に払って貰っている。その働きによってな」
「それでもさ。ありがとうって言っておく。当たり前でも感謝の気持ちって忘れたら駄目だと思う」
「…律儀な男だな、君は」
 かすかに大和の口の端が持ち上がる。彼の笑みは概ねこのように控えめで、大人びたものだ。偶にはもっと相好を崩して笑えばいいのになと北斗は思う。
 大和が局長室で見せたあどけない寝顔が、ふと北斗の脳裏に浮かんで消える。
 もう一度、あんな風に無防備な──歳相応の姿を見てみたいと思うのは欲深いだろうか。

「…いっそ擽ってやろうかな…」
「……? 何か言ったか?」
「別に何も。気のせいじゃないかな」
 よく聞き取られなかったのをいいことに、北斗は笑って誤魔化した。思いつきを実行に移したら、流石に部屋から叩き出されるだろう。
「それより大和、そのままの格好で寝るのか? 確実に服が皺だらけになるだろ」
「ああ、流石に湯を使ってから着替える。君は? 入浴は済ませているのか?」
「俺は東京支局の共同浴場でお先にいただきました。このご時勢だと贅沢だけど、やっぱり広い風呂っていいよな。銭湯みたいで」
「そういうものか。私は公共の浴場を利用したことはないものでな。君が気に入ってくれているのはさいわいだが」
「偶には使えば良いのに勿体無い。広々手足が伸ばせて気持ち良いし。部屋シャワーより疲れもとれるんじゃないかな」
「…君がそう言うなら考えておこう。何にしろ今夜は備え付けのシャワーで済ますさ。少し待っていてくれ。時間はそう取らないつもりだ」
「ああ、いいよ。俺、その間にパジャマ取ってくるし。大和はゆっくり入ってて」
 ひらりと片手を振って北斗は入り口に向かう。
 北斗も今着ている服のままでは眠るのに適さないと思っていた所だったから、空き時間ができるのは都合が良かった。
「わかった。ではまた後ほど」
 送り出す大和の言葉に振り返って北斗は頷き、私室を抜けるとそのまま局長室を後にした。 

 
 一旦出て戻る間に大和の頭が冷えて、宿泊の話は流れるかもしれなかったが、それならそれで仕方ないと思う。
 湯を使うというくらいだから、このまま休むつもりなのは間違いないようだし。いざとなれば北斗は挨拶だけして部屋に戻れば良い。
 きちんと大和が休むのを確かめられるなら、北斗にとって行き来の手間などやすいものだった。
(…俺、思ってたより大和のこと、気にかけてるんだな)
 案内図を頼りに廊下を行きながらそこまで考えて、自分でもすこし不思議なくらいに、大和のことを考えて、彼を中心に据えていることに北斗は気付く。
 可笑しい。けれど不快ではないのだからますます持って不思議な話だった。
「何だろ。何かこういう感じには覚えがあるんだけどな」
 ひとりごちて首を捻ってみるが、思い出せない。
 その内に目的地である居住区の一角、リネン室に辿り着いた。
 
 ここにはシーツや枕カバーなどと一緒に衣類の替えも幾らか置かれている。少なくとも東京支局ではそうだった。
 室内に入れば、大阪本局も、日頃北斗たちが世話になっている東京支局と大まかな構造や内情はほぼ変わらないようで安心した。
 棚の中から、きれいに折り畳まれて並べられている衣類その他を乱さないように探り、サイズに合った備品のパジャマを手に取る。
 これも東京支局の配給品と変わらない。ジプス局員が身につける制服の黄色をもう少し目に優しく淡くしたような色合いに、男女兼用無地のシンプルなデザイン。肌触りは悪くないが、完全に実用重視の代物だ。
 首尾よく入手した目的の品を小脇に抱えると、北斗はゆっくり来た道を戻っていった。
 
 流石に二度目ともなれば迷うことはない。行き道で抱いた疑問は結局帰りも解けないままだったが、真っ直ぐ局長室に辿り着くことができた。
 大和にゆっくり入ってて、などと言って出てきた割りには、然程時間をかけなかった気がする。
 明かりの落とされた執務室を通り、私室のドアの前で立ち止まると戸を叩く。ついでドア越しに声もかけた。
「大和ー。シャワーから上がってたら鍵開けて」
 局長室はひとの出入りが多いためか常時解放されているようだが、私室は施錠されているのをはじめに通されている時に見た。
 暫く待つことになるだろうかと思ったが、直ぐにロックが外れる音が聞こえて北斗は驚かされる。
「入りたまえ」
 入室を許可する声は平素の涼しげな響きだったが、もしかしたら急かしてしまったかもしれない。
 少し時間を潰してから来るべきだったと考えながら、北斗はドアノブに手をかけた。

 そこでふと、他愛無い考えが頭を過ぎる。
 
 ──そういえば、大和も眠る時はジプス配給のパジャマで眠るのだろうか。
 北斗はその姿を脳裏に思い描いてみようとしたが、まるで上手く想像できない。
 峰津院大和が、他人と同じ画一的な衣服に袖を通している所は、北斗には何だか考えられかった。
 さりとてそこまで局長専用と言う事もないだろうと思うのだけれど。
 考えていることを知られればまた印象が偏っていると言われ兼ねない思考を振り払う。
 どうせ、直ぐに解かることだ。ほんの少し間が空いてしまったが、北斗は大和の私室へと再度入っていった。

「改めてお邪魔しま、……す?」
 北斗の声が途中で妙に途切れたのは、迎えた大和の姿が意外なものだったからだ。
 上げられた洗い髪が珍しいとか、湯上りで上気している肌が普段より生気を帯びて見えるとか、そういうレベルではなかった。
 ベッドに品良く腰掛けている姿は、ひたすらにしろく、優雅だった。
 元より大和は、肌も髪も瞳も色素がごく薄く白系統の色彩を帯びているが、今は身につけている衣服すらも真っ白だ。
 常態である首元まで隙なく覆う黒コートや制服とは対照的な、ゆったりとした白の長襦袢。
 それがどうやら大和の寝間着姿であるらしかった。ごく自然に寛いで見える。
 古式ゆかしい家の生まれであるというのは知っていたが、日常的に和服を夜着にしているとまでは思わなかった。
 配給品の寝間着を着るより余程しっくりと大和に馴染んでいるが、北斗にとっては見慣れなくて落ち着かない。
 そればかりでなく。
「思ったよりも早かったな。私も先程上がった所だから丁度良い塩梅だが」
「…………」
 落ち着かないはずなのに、北斗は大和から目を離せずにいた。何故だか早くなった心音が煩く、かけられる声が右から左に流れていく。 
 裾や袂から覗く長い手足はやはり陽を知らぬ滑らかな白さで、顕わになっている首筋は細く、やや骨ばった痩躯は、合わせから窺える鎖骨の陰影がくっきりとわかる程だった。
 大和の夜着姿は遠目にも妙に艶やかで、北斗は同性に感じてはいけないものを感じてしまう気がする。例えば色香とかそういうものを。
 固まってしまったように動かない北斗の姿に、ゆるりと大和のほそい首が僅かに傾いだ。
「…ン。どうした、北斗。ぼうっとして。君の方が先に、眠くなってしまったのか?」
「い、いや大丈夫! それより着替えるから洗面所借りる!!」
 腰を浮かせ、こちらに歩み寄りかけた大和を見て、北斗は何でもないと首を慌てて横に振った。
 大和の答えも待たず、半ば逃げ込むように入り口横のドアを開いてそこに駆け込んだ。
 いったいそんなに何を慌てているのか、北斗自身にもよくわからなかった。

「うわ、心臓がバクバクいってる」
 後ろ手に閉めたドアにもたれかかり一息ついても、まだ北斗の胸は跳ねて早い鼓動を刻んでいる。
 絶対におかしい。どんなに美人でも相手は男だ。
 印象が余りにも普段と違ったからだろうか。ただでさえ浮世離れしている大和の容姿が、殊更際立って見えて。
 …確かにきれいだと北斗は思ってしまった。意識も、視線も大和に釘付けになっていた。
 だからといって素直に、同性に見惚れてしまったなどと言えるはずもなかった。
 北斗自身は他人に迷惑をかけるものでなければひとの性癖や趣味をどうこう言う気はないが、今同じ部屋にいる相手もそうだと楽観はできない。
 万一にも不快な思いをさせて、彼の、宝石よりも貴重な睡眠時間を削り取るのは本位ではなかった。
(溜ってるのか、俺…)
 ちらりと頭を過ぎった考えに、北斗は自己嫌悪で頭を抱えそうになった。
 ない。それはない。そう思いたい。
 扇情的という意味でいうなら緋那子や史の格好の方がずっと過激だろう。
 そうでなくても現在北斗の周囲には、魅力的な、可愛らしいと言える異性は溢れている。
 だが、北斗は別に彼女たちに対して、こんな腰の定まらない思いをすることはなかった。時に冗談めかしてからかう余裕さえあるくらいだ。
 よりにもよって大和にだけ、こんな余裕のまるでない反応になってしまったのか自分でも甚だ疑問で仕方ない。 
(俺も疲れてるのかな…)
 思わず顔を手で覆った。
 気の迷いだと、北斗はそう思ってしまいたかった。さもなければ、この後同じ部屋で寝泊り過ぎるのに気まず過ぎる。
 ため息を落としながら、北斗は口実でもあった着替えを始め、気分を変えようと勤めることにした。
 連日の戦いで少しくたびれた感のある私服を脱ぎ、持ち込んだジプス支給品のパジャマに袖を通していく。

 その間、北斗がした努力は、頭の中で必死にこれまでの日々で見た険しく鋭い大和の顔を思い出そうとすることだった。
 初対面。何の興味もないように事務的な遣り取りとつめたい一瞥だけくれて立ち去った、怜悧な後ろ姿。
 部下とはいえ年上であるはずの真琴に緊張を覚えさせ、淀みなく指示に従わせていた。
 召喚アプリを悪用されては厄介だとばかり、独房に案内されそうになったこともあった。
 ジプスに北斗たちが保護されるようになった後も、彼の唇からは冷静に現状を知らせ、自ずから動くことを促す厳しい声が多かった。
 世辞と迂遠を嫌い、率直であるくせに、ときに試すようなことばかり言う。
 判断は何時だって大局に基くものであり、真に守るべきものの為ならば非情になることを躊躇わない。
 生まれが違う。生きて来た世界が違う。北斗よりひとつ年下、17歳の少年だとはとても思えない有り様こそが大和の常だ。
 今夜は今まで見たこともなかった珍しい姿ばかり見てきたから少し混乱しているのだ。
 元々、少しずつ距離が縮まってきている気がするとはいえ、大和は北斗にとって遠い存在のはずで。

 ──そう考えたとき、早鐘のようだった心音は収まったが、代わりに何故だかつきりと胸が痛んだ気がした。


 パジャマに着替え終わり、洗面所を出るころ、北斗の鼓動は常態を取り戻していたが、何だか妙に疲れてしまっていた。
 大和の方には特に北斗を部屋に招きいれたことを後悔している素振りもないようだし、余計な事は考えず、このまま眠ってしまおうと思った。ひと晩眠ればすっきりすることだろう。
 先刻からの心情の推移は、下手に追いかけ突っ込んで考えると、何か泥沼に嵌ってしまいそうだった。
 私室内に戻ると、大和は、洗面所に北斗が逃げ込む前と然程変わらぬ姿勢で待ってくれていた。
 時間が経って多少慣れたか、頭が冷えたからかは判然としないが、二度目は北斗も動揺せずに大和と向き合うことができた。
 北斗は軽く片手を挙げて大和が腰掛けるベッドに歩み寄る。
「…待たせたな」
「気にすることはない。私が君を待たせたほどではないだろう」
 大和は北斗のおかしな感情の動きには気付いていないようだ。
 本当に良かったと北斗は内心安堵する。直ぐに洗面室に身を滑り込ませたのも功を相したのかもしれない。
「部屋に来る前のことなら、俺も別に待ってないって。…そういえば寝る時って何時も着物なのか?」
 転寝の話題を蒸し返すつもりはなかったので、ごく普通に、着替える前と同じに会話を振った。
 鼓動はもう妙に跳ねたりしないし、着ている物の話題だって簡単に尋ねることができる。やはり先程は不意打ちに混乱したのだと思うことができた。
「峰津院の邸宅に帰り、休む時はそうだな。だが、普段は何かあれば直ぐに出られる格好で眠る。特に今は戦時下だ」
「さすが大和。でも今日は…着替えまでしてきっちり休んでくれるんだ?」
 やはり普段は睡眠時も警戒姿勢を解いていないらしい。にも関わらず、今夜の大和は寝間着だ。
 もしかして北斗が休め休めとせっついたからだろうかという推測は、直ぐに大和本人に肯定された。
「君がしっかり休めといったからな。北斗の言葉は耳を傾けるに値する。実際、自覚していたよりも私の疲労は深いようだし、どうせ同じ休息時間を取るならば効率的に取る方が良いと判断した」
「確かにあの制服着たままだと、休まるものも休まらないって感じだもんな」
「今までの例からするに、セプテントリオンの来訪は一日に一種。少なくとも夜明けまでは異変は観測されぬだろう。七星の侵略者以外が相手ならば、着替えの時間程度は、幾ら無能が多いとはいえ部下だけでも保たせられる」
 北斗の言葉には素直に頷くくせに、大和は同じ唇で辛辣な台詞を、嗤って吐く。それが少し可笑しい。良くも悪くも大和は実に極端な性質だ。

「…さて、君と話す時間は興味深いが、そろそろ寝台に入るぞ」
「そーだな。休めって言ったくせに俺が夜更かしの原因になるんじゃ本末転倒もいいとこだ」
 軽く肩をそびやかせて北斗は笑った。添えて、冗談めかし──だが偽りでもないことをそっと囁く。
「でも、大和と二人っきりで話すなんて滅多にないからついつい喋りたくなっちゃうんだよな」
 
「……」
 ぱたりと睫毛を揺らして大和は一瞬沈黙した。北斗の言葉を飲み込んでいるような間があった。
「…なに、もう少しくらいは構うまい。ただし、話の続きは横たわりながらで頼む」
 言いながら部屋の明かりを落としつつ、先んじて大和は布団に入っていく。ふいと視線がそらされていた。
 まるで照れているかのようだった。大和も話したいと思ってくれていたのかと、北斗は少し嬉しくなった。
 もそもそと遅れて寝台に潜り込めば、ごくごく薄っすらと、甘く爽やかな芳香を感じた。歴史ある寺社の中のような、古めかしくもどこか落ち着く、そんな匂いだ。
 香か何か焚き染めているのかもしれない。シーツの肌触りの良さといい、目に見えて贅沢という訳ではないが、寝所ひとつとっても大和と北斗の育ちの違いが感じ取れた。
 だからこそ、同衾と言う状況が気になるわけで、最後の確認とばかり北斗はそっと、近い位置にある大和の顔色を窺いみた。
 明かりの失せた薄闇の中、整った白い面は不快や堪忍を浮かべては居なかった。そのことに北斗は安堵する。
 寝台が一人用としては大きいことを差し引いても、男が二人で布団に入れば、はみ出さないためにはどうしたって身体を近づけずにはいられない。
 それでも北斗が思っていたよりは余裕があった。多少なら身じろぎしても構わないくらいには。
「狭くないか?」
 ただ、一応慮った問いは向けた。必要なら北斗がもう少し身を縮こまらせるなり端に寄るなり、大和に譲歩するつもりだった。
 問いかけに、隣で臥した大和が首を横に振る。口の端がかすかに持ち上がっていた。
「問題ない。君が細いからな。もう少し肉をつけた方が良いのではないか?」
「大和にだけは言われたくない」
 北斗はつい反射的に言い返していた。
 これで北斗も腕や足の細さを女性陣に羨ましがられるほどの痩躯だが、大和も大して変わらないと思う。
 ごく近い距離にある大和の身体は、北斗が先程抱き上げた時の印象を裏切らずほっそりとしていた。華奢だといってもいい。
 寝所の余裕は詰まる所、二人揃って痩せ身であるところに起因している。
「…まあ、おかげでお互い狭い思いしないで済んでるからいいんだけどさ。ちゃんと食べてる?」
「栄養摂取を疎かにして立ち向えるほど、現状が易いとは思っていない」
「でも何か大和って、栄養調整食品とか錠剤だけで済ませてそう」
「よくわかったな。時間を取らず必要な栄養が補給できるので、重宝している」
「否定してくれよ、そこは! …他は尽く予想が外れたのに何でここだけ当たるかな」
 自然に頷かれたので北斗は思わず突っ込まずにはいられなかった。
 北斗が深々ため息を零すと、きょとんという音が聞こえそうなゆっくりとしたまばたきをひとつして、大和は首を傾げている。
「何か問題があるのか? どんな形であれ栄養を採っていることに相違あるまい」
「気分の問題。あと、栄養足りてても顎、弱くなるぞ。仕方ないからそのうち俺が何か作ってやるよ。大和がちゃんと食事取りたくなるようなヤツ」
 北斗の家庭は親が家を仕事で空けがちで自炊の必要に迫られることも少なくなかった。小難しい料理となるとお手上げになるが、家庭料理のレパートリーならばそこそこ広い。
 メニューについては純吾あたりに北斗が話を持っていけば、きっと喜んで相談に乗ってくれるに違いなかった。茶碗蒸しが間違いなく含まれそうだとは思ったが、それはそれで一興だろう。
 外の食糧不足は深刻になっているようだが、ジプス内ではまだ物資に余裕がある。料理をすることが可能なくらいには。
 ここでもまた恵まれていると言うことを、北斗は忘れていないし、必要以上の豪奢を極めるつもりはない。あるものでよりよく食事をとるため工夫するだけだ。
「ほう? …挑戦的だな。楽しみにしていよう」
「大和に、庶民の味も悪くないって言わせてやるよ」
 大和が心なしか期待しているように見えたから、その思いを裏切らない努力はしようと思った。

 途切れず、なんでもない会話ができることが北斗は嬉しかった。つい先だって北斗が言ったとおり、大和と二人きりで話す機会は、今まで中々なかった。
 あったとしても世界の現状や行く末、暴徒や侵略者への対策などその時必要に迫られる話題に終始することが多く、お喋りといえるような会話は本当に希少だった。
 
 大和がこんなに長く、話に付き合ってくれるとも思っていなかった。
 無駄を嫌い効率を重視するところがあるのを、北斗は数日共に過ごすだけでも解かっていたから。
 大和の気が変わるまで話しを続けていたくなるから、少し北斗は困ってしまう。
 休むところを確認しに来たはずなのに、このままでは本当に北斗が大和の夜更かしの原因になってしまいそうだ。
 
 よくないときっと大和も解かっているだろに、何故だか会話は切り上げられない。
 夜の闇がやわらかく満たす部屋で、顔を突き合わせ、とりとめなく話していると、北斗は自分がただの学生に戻ったような気分になった。
 災害が起きるその前には、目の前に居る彼の存在を知りもしなかったのだから、ありえない話なのだけれど。
 大和は、こんな時間を他の誰かと取ったことが今までにあったのだろうか。
 およそありえなかっただろう。17歳にして一つの組織の長を務める少年の、これまでの言動からその孤独は容易く想像できてしまう。
 だから、北斗は己からこの時間を断ち切ることができなかった。大和は唾棄するかもしれないが「普通っぽいこと」を彼に少しでも贈りたかったのだ。
 実際、今の大和は自覚があるのかはわからないが穏やかな顔をしている。

 その表情が何を思ったか不意に伏せられた。率直な大和には珍しく逡巡するような間があった。
「北斗、ひとつ構わないか。君に…尋ねたいことがあるのだが」
「なに?」
「その…、先程、執務室で私が醜態を曝していた時のこと…だ」
 本当に珍しいことが続く。口篭るような大和など何人が見たことがあるだろうか。
「まだ気にしてたのか。別に醜態とか思ってないし、言いふらしたりもしないよ。寧ろ大和も人間なんだなあって安心したから」
「何故君がそれで安心するのかもわからないが…そうではなく…私が眠っている間、君は何かしなかったか?」
 視線こそずれなかったが、やましいところがあったぱかりに、北斗はつい馬鹿正直に絶句してしまった。
 指先に触れた、手触りの良いやわらかな髪を、北斗はまだ覚えている。
 目の前の彼が眠っているのをいい事に、北斗は子供にするような触れ方で、大和の頭を撫でてしまっていた。
 北斗に大和を侮るつもりはなく、純粋に労わり、甘やかしたかっただけなのだが、傍目にはどう考えても年下扱いどころか子供扱いである。
 意識があったなら、プライドの高い大和の自尊に明らかに抵触しそうな行為だった。
 すっかり夢の中に意識があるのだと思っていたが、飛んできた質問からするにどうやら何かされたという認識はあったようだ。
「………………」
「したのか」
「…しました。ちょっとだけ」
 大和がじっと射るように視線を向けてくるものだから、居た堪れない気持ちになり、北斗は白状する。
 独特の覇気がある銀眼に見据えられると逆らい辛い。ただ勘違いをされては困るのできちんと己の行動を釈明することにした。
「変なことはしてない。こう…」
 流石に実演で再現してみせるわけに行かなかったので、手真似だけだ。大和の髪近くまで手を寄せて、空気を撫でる動作をしてみせる。
「髪を梳いて、頭撫でただけだ。無許可で触ったの悪かったけどさ…いい夢がみられるように、って。…あの時もしかして起こしかけた? 色々ごめん」
「違う。責めたくて聞いたわけではない」
 大人しく謝罪した北斗に向けて、大和が返した言葉は意外なものだった。視線が少し揺れて彷徨い、意を決したように返事が続く。
「悪く…なかった、からだ。君が願ってくれたようになったのだろう。あんなにも安らかな眠りはずっとなかった。だから、…北斗が…何か特別なことをしてくれたのかと、気になっていた」
 怒られるかと北斗は思っていたが、驚くべきことに大和が感じたのは逆の感覚であったらしい。
 本当に意外だと、驚きで北斗はあおい目を丸くした。同時に嫌がられなかったのが幸いでもあったのだけれど。
 まずは誤解を解かねばならないと北斗は口を開く。ひとつひとつ説明して理解してもらう必要がありそうだった。
「繰り返すけど、俺は元々まっさらな一般人だからな? 大和みたいな特殊技能はない」
「では、何故…?」
 大和が、真剣に疑問を感じている様子なのが、北斗は微笑ましくなった。
 普段は何でも知っているような顔をするし、実際隙のない人物なのに。
 頭を撫でられて安心して、でもその自覚がいまいちないだなんて。
 大人びて冷静な見た目からは信じられない。少し戸惑ったような顔は可愛らしくさえあった。
「別に何もおかしいことじゃないと思うけど。またやってみせようか」
 先刻は遠慮したが、北斗はもう実地でしてみせた方が早い気がしていた。不意打ちで大和へと手を伸ばす。
 驚きながらも銀色の眼差しは、確かに北斗の手が向いたのを認識して見えたから、その瞬間に拒絶されなかったことを了承の意と受け取る。
 緩く頬を包むように触れてから、微睡む大和にしてみせたのと同じようにやわらかく頭を撫でてやった。流れる銀糸に指先を滑らせ、時折指の腹で頭皮をゆるゆるとさする。
 はじめは物慣れないように強張っていた大和の表情から、次第に緊張が解けていく。力の抜けた頭と身体は大人しく寝台に、枕に沈んだ。
 大和の視線に常に篭る眼力も、あわせて和らいでいた。
「…どうよ」
「ぬくい、な。君の手はあたたかい。他人の体温など、そう良いものではないと思っていたのに…」
 本当に不思議だと、おとなしく撫でられるままに零す大和は、打ち解けたしろい猫を思わせた。
 咽喉こそ鳴ることはなかったが、長い睫毛を伏せて瞑目し、うとうとと実に気持ちの良さそうな顔で、北斗の手を甘受している。
 意識のある大和がスキンシップを許してくれることが、信頼を覗わせる表情を見せてくれることが北斗は純粋に嬉しかった。
「手当て療法、っていうだろ? 実際、特別なちからなんかなくっても、ひとがひとに触れると、それだけで安心する、癒されることってあるんだって。そういう感じじゃないのかな」
 笑いかけながら口にした言葉は、北斗の希望でもあった。大和が安らいでくれるなら、癒されるならいいのにと願っていた。
 だから、大和が北斗の思いを否定せず、頷いてくれて本当に良かったと思った。
「…北斗は、そうして、自分は特別などではないとうそぶくが……君はいつだって、私の常識をやすやす塗り替えて、かろやかに、わらう。…ほくと」
 語る大和の声はどこか、やわらかい。力の抜け落ちたのにあわせたような、気負いのない、純粋に思う所を告げるような素の声だった。篭る感情は感心と信頼だった。
 ふわりと花が綻ぶように、目を閉じたまま大和は笑っていた。あまい、おさない表情。
 何時もの、嘲るような冷たい嗤いや、ごくかすかだけ口元を動かすような年上じみた微笑ではない。
 そんな、生の感情が覗く大和に名前を呼ばれて、北斗の心臓は小さく跳ねる。大和の言葉なおも続こうとした。
「…わたしにとって、きみは、」

 けれど、言葉は不自然に半ばで途切れ──
「…………」
 その続きは、幾ら待てども大和の口から語られることはなかった。

「大和?」
 訝った北斗が、手を止めて呼びかけても返事はない。完全に眠りに落ちていた。
 語り口が途中から、大和らしくなく覚束無くなりつつあったのには北斗も気づいていた。
 適当なところで会話を切り上げ、寝ていいよ、と促すつもりだったがそれより早く、大和は睡魔に浚われてしまったようだ。
「おやすみ」
 布団を掛け直してやろうと動きかけて、北斗は己を捕まえる力があることに驚く。
 何時の間にか大和の手が、北斗の服の裾を握り締めていた。
 無意識の、おさない子供が親に甘えるような仕草と、また見ることのできたあどけない顔を見て、北斗はやわらかく目を細めた。
「……それにしても、何て言いかけたんだろ。すごい気になるところで止めてくれたけど。明日聞けるのかな。無理かな」
 声音を抑えてひとりごちる。何だか大和が朝目覚めたら夢だったことにされそうでもあった。それくらいに、親密な時間だった。
 相変わらず大和のことは解からないことだらけだし、生まれ育ちによるギャップは中々埋まりそうもない。
 だけれど、遠いばかりの存在でもない。だって今、大和はこんなにも北斗の近くに居る。
 少なくとも、やさしく触れることや他愛ない会話を続けることや、共に眠ることを北斗に許してくれる程度には。身も、心も距離が近づいている。
 それはとても幸せなことだと思えた。北斗の胸中は、ひどく、あたたかなものに満たされている。

 ごく自然に、北斗は「守りたいな」と思った。この時間を、手の届く限りの世界を──直ぐ側で眠る大和のことを。
 瞬間に、欠けていたピースが埋まるように、部屋に戻る前、探していた答えがすとんと北斗の内に降りてきた。
「ああ、そうか……わかった」
 得た答えは明確には紡がない。声にしない。
 だって、それは少なくとも今は秘めるべき感情だということも同時に理解できてしまったからだ。
 こんなにも誰かを気にかけて、大切にしたい、何でもしてやりたい。まもりたい。
 そんな思いを以前いつ抱いたかといえば、北斗がまだ稚く、それでも幼いなりに懸命に想う相手ができた時がそうだった。
 ごく淡く、伝えるまでもなく、縁の途切れてしまった遠い初恋。そのときと、同じ。
(俺は、大和がすきなんだ。…いとおしいんだ)
 考えてみれば。
 見せる表情や姿の一つ一つに反応してしまうだとか。
 もっと知りたいと、親しくなりたいと思うこの気持ちのつよさ自体が。
 友誼の範疇をとうに超えていると、何故気付かずにいられたのだろう。
 普段見られぬ姿を見たことで柄にもなく、心臓が高鳴ったのはなぜか。
 洗面所で、遠い相手だと想うことに痛んだ胸は、寂寥と切なさゆえではなかったか。
 今北斗のこころを充足させる幸福は、大切にしたいと言う祈りは、大和をいとおしく思うからこそだ。
 いつのまにか魅かれていた。彼の厳しさと強さに、時折垣間見られるようになった素の顔に。
 何もかも、気付かなければ普通にしていられた。

 ──けれど、北斗は自覚してしまった。

 夜が明けなければいいのに。そうすれば、大和に失望されることもない。側で甘い夢を見ていられる。
 叶うはずのない理不尽な願いが、少しだけ浮かんで消えた。そんな事を考えてしまうこと自体が、御しがたい恋情の証左だった。

 ああ、気の迷いでも疲れているからでも勘違いでもなく。
 俺はほんとうに彼のことが好きなのだ。

 この恋が前途多難だなんてことは、考えるまでもなく解かりきっていたけれど。その感情は、気付いたこの瞬間にはすでに、深く根付いて捨てられるものではなくなっていた。
 北斗にとって、ここから先の時間は──あまりに長く、幸福な分だけ悩ましい、己との戦いになってしまった。
 それでも、無防備にさらけ出される穏やかな寝顔を、意識のないまま繋ぎとめる細い手指を、振り払いたいとは欠片も思えなかった。
 吐息を感じるほどのこの距離では、寧ろもっと触れたくなってしまうから。北斗は理性を総動員して芽生えつつある衝動を抑え込む。

 …休む大和のその傍らで、北斗の悩みは朝まで尽きない。



 翌朝、目元に翳っていた疲労や睡眠不足を軽やかに吹き飛ばしきびきびと采配振るう局長と、対照的に一睡もできていないようなぼんやり顔をした現場リーダーの姿が目撃された。
 東京支局への朝帰りも相俟って、北斗は幼馴染や仲の良い少女にあれこれ心配される羽目になるのだが、それはまた別の話。

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