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デビルサバイバー2(主ヤマ時々ヤマ主)中心女性向けテキストブログです。
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お疲れ局長と心配主人公。ルート分岐前の何処かの深夜。
だったのですが、時系列とか雰囲気的にメグレズ戦後以外ぶちこめないなコレと気付いたので、
この話は四日めの夜あたりの話です。あの三都市同時バトルのあとだと思うと主人公元気すぎますけど。
局長が無意識に主人公には気を許しまくって警戒してないとかわいいなーと思った。
タイトルははじめ、局長が獅子座担当だと思っていたときの名残。

資料集発売前だったのでジプスの施設云々は完全に捏造。
局長の体格について言及していたので、イラストなどの雰囲気から推察できる範囲から、データがそう大きく外れていなくてほんとうによかったと、資料集みて安堵したのも良い思い出です。

主人公の名前は宇佐見 北斗(うさみ ほくと)です。





 セプテントリオンの分析結果を纏めた書類の最新版が上がってきたから君にも目を通しておいて貰いたい。
 そう、大和が呼んでいると局員経由で言付けを受け、北斗は急ぎ局長室へと向かった。
 宵も半ばを過ぎた時刻。床に入る直前で呼び出される形になったが、致し方ない。
 誰かを待つ経験などそうないと言っていた相手だ。
 あまり待たせるのも悪いと急いだつもりだったが、北斗はジプスの施設内を正確に把握しているとは言い難い。
 局員に目的地の所在は聞いていたものの、辿り着くのに多少手間取ってしまった。
 辿り着いた局長室。仕方の無いこととはいえ遅参になったことへの申し訳なさを隠し切れずに北斗は厚みのあるドアを叩く。
 しかし、即座にあると思っていた返答は返らず、暫く待っても音沙汰ない。
 不審に思った北斗は「入るぞ」と宣言しながらドアノブを捻った。

 ドアを開けた瞬間、目に入ったものに北斗は目を丸くした。
 慌てて室内へと滑り込み、静かに後ろ手に戸を閉める。
 何かあったのではないかと心配になった相手──大和の姿は直ぐに見つかった。ただ、北斗が始めて見る様相で彼はそこにいた。
 あの、常に凜として、張り詰めたような印象のある大和が、ジプスの局長が。
「…寝てる」
 執務机に肘を突き、組み合わせた手の上に細い頤を預ける形で目を閉じている。
 うたた寝している所を目撃するなんて思いもしなかった。
 数日の付き合いに過ぎないが、それにしても大和はこれまで隙というものを一切見せなかったから。
「大和?」
 名前を呼んでも反応がない。
 近づいて覗き込んだ、陽の光を知らないかのような白い貌。
 長い睫毛が陰を落とすその目元にはよく見なければ気づかないが、うっすらと隈が刻まれている。

 本当はずっと気になっていた。
 日々陣頭で指揮をとり、会議や作戦立案、采配に勤めている大和。
 北斗たち、民間協力者が休んだ後も細々した雑務に追われているらしいのに、彼は疲弊も弱音も口にしないし、態度にも見せない。
 北斗の知る大和は、いつだって瑕僅ひとつない完璧な指導者として立っていた。
 だが、大和だって人間だ。悪魔でも機械でもないのだ。
 溜まっている疲れや睡眠不足が、身体に現れることまでは隠しきれないだろう。
 民間協力者の悪魔使いたちを相手に指揮官まがいのことをしている北斗でさえ、他者の命を預かる緊張と重圧を感じている。
 大人数と関わる組織トップともなれば、それ以上に気の休まる暇もないだろう。未曾有の大災害に崩れゆく世界の中にあっては尚更だ。
 居眠りなどという彼らしくない姿を曝している辺り、限界が近いのかもしれなかった。
 このまま暫く寝かせておいてやりたい。叶うならこのまま就寝して欲しい所だが、今後の予定が分からない以上はそうも言えなかった。
 だが、人伝に渡すのでも構わないだろう資料を見に来い、と北斗を呼んだのだ。意見交換でもする気があったのだろう。この後会話を幾らかする程度の空き時間はあるということだ。
 大和が自然に目覚めるまで、もう少し寝かせておいても構うまい。
 
 …何事も起きずに済めばの話だけど。そう前提に考えなければならない現状は苦かったが。
 
「…お疲れちゃん」
 小声で労わりを囁く。長めの白い前髪が顔に落ちかかるのが鬱陶しそうで、手を伸ばしそっと払ってみる。
 それでも大和は起きない。北斗は少し考えてから、椅子に座るままの彼を、もう少し休めそうな場所に移してやろうと決めた。

 眠りを破らないように細心の注意を払って大和を抱き上げる。
 連日の悪魔やセプテントリオンとの戦いで身体が鍛えられていて本当に良かったと北斗は思う。
 そうでなければひと1人を安定して抱え運ぶのは中々骨が折れたことだろう。
 
 大和の身体が、北斗が予想していたよりも軽かったというのもあったけれど。
 厚い長外套を纏う姿を、傍目に格別華奢だと見たことはなかったが、腕で直に感じた体躯は鍛えられているものの随分細い気がする。
 普段頼りなさなど微塵も感じさせないのは、起きている時の大和が持つ覇気と堂々とした所作に由る所が大きいのかもしれなかった。
(ちゃんと食ってんのかな)
 またひとつ心配事ができてしまった。その辺りは乙女や真琴あたりにそれとなく尋ねた方がいいのかもしれない。
 そんな、新たにできてしまった気懸かりは一先ず脇に置き、北斗は大和をちゃんと寝かせることを優先にした。

 私室の場所など知る由もなかったので、来客用と思しきソファまで連れて行く。
 室内にあるのは三、四人掛けに見える大型の長椅子だ。大和を横たわらせても問題なさそうだった。
 部屋主の気質を現しているかのような、上等だがけして華美なだけではない確りした造りのソファへと抱えた痩躯を降ろす。
 頭が不安定にならないよう、備え付けの柔らかそうなクッションの上に乗せた。
 かっちりと着込んだ制服が窮屈そうに見えて、勝手に服を乱すのは悪いような気もしたが、北斗の手は結局、大和の衣類に伸ばされる。
 先ずは鎧のように重厚な黒コートとロングブーツを脱がせ、ついで隙なく結ばれている長いタイを緩めた。首もとのボタンを幾つか外し、襟を開く。 
 最後に脱がせた上着を掛け布代わりに羽織らせた。
(……。やっといてなんだけど、ここまでしても起きないとか、大丈夫なのか?)
 割と好き勝手にしている自覚はあったので、ストップがかからないとそれはそれで心配になる。
 色々としている中途で目覚めるのではないかという北斗の予想と裏腹、大和はまったく目を覚ます気配がない。
 元の造作が下手に整っているのも相俟って、一向に覚醒の兆候がない大和の姿は、静か過ぎて人形や死体を連想させた。 
 ありえないと思いつつも、思わず傍らに膝をつき、北斗が確かめた寝息は、規則正しく安らかだった。
 その事にほっとする。同時に寝顔の穏やかさに、北斗の意識は和んだ。

 常在戦場、眠りが浅そう、気配に敏感そう。そんな印象があった相手なのに。
 こんな無防備な姿を間近で見ることになるとは思わなかった。
 普段は誰よりも冷徹、ともすれば高慢で不遜ともとれる姿を常態とするジプスの局長。
 その寝顔は、意志の強い双眸を閉じた姿は、常の険が解けて歳相応のあどけなさがあった。
(起きて口を開くと年下にはとても思えないのにな)
 アプリで初めて大和の年齢を見た時は驚きで目を剥いたくらいだ。
 一発で彼が年下であると見抜いた大地は自分よりずっと慧眼かもしれないと北斗は思う。
 こうして見ていると、ひとつ年下であることに納得もいったが。

 初見の慇懃で貫禄に溢れた姿を思い返す。その頃から比べると大和の態度も随分軟化した気がする。
 どうやら北斗の日々の戦果は、大和の中で積み上がり評価されているようだ。
 高圧的といえるような態度は変わらないし、厳しい言葉もその唇から吐いて出るけれど。
 かけられる声には幾ばくかの信頼を感じるし、表情の変化も見られるようになった。
 少しずつ紡がれていく縁は嬉しいと考えている辺り、自分もまた彼の事を気に入っているのだろう。思い至り、北斗は小さく笑った。
 彼のことを知りたいと思っている。今日のように、知らない顔を、もっと見ていきたいと思っている。
 先がどうなるかの保障なんてまるでない絶望的な世界だけれど。
 未来の夢を欠片でも思い描くことが許されるなら、大和とももっと親しくなれたらいい。
 そうすれば、彼がしている隠し事や抱え込んでいるものも多少は北斗に明かし、預けてくれるのではないか。 
 何時だって1人、世界や大きなものに相対しているように見える姿を、容易く脳裏に描くことができる。
 北斗はそれが心配で──気懸かりだった。

 だから、こうして自分の前で休んでいる姿に、どこか安堵している。気を許されているようで。
 ふと思い立って、北斗は小さい子にするように、大和の髪を柔らかく梳り頭を緩やかに撫でた。
 大和の意識があったなら、絶対に受け入れられないだろう行為だ。
 だから触れる指はほんの少しだけ、優しく微かな接触に留める。
 大和が目覚めてしまえば、こんな時間は終わりを告げるから。
 明日もまた命を賭けての戦いになるだろう。休める時にはできるだけ休んで欲しい。
「ゆっくりおやすみ」
 今だけでも、どうか。
 願って指を引く。髪から指を離す時、少しだけ名残惜しいような気もした。
 目が覚めたら次はどんな見たことのない表情が見られるのか。
 今はそれを楽しみに、北斗は暫し、ひとつ年下の少年の稀有な寝顔を見守り続けた。


+++

 全てが息苦しく感じる中で、ふと呼吸がしやすくなった気がした。

 頭に、髪に、優しい感触が触れる。
 甘やかされているようで落ち着かないのに、一方で安堵を覚えている。
 直ぐに離れてしまう指を惜しいと思う。引き留めたいのに、身体は動かない。
 浮上しかけた意識は、あやすに似た穏やかな声にまた沈められる。
 誰かに守られているような眠りは、ついぞ感じたことがないほどに安らかだった。

「……、」
 覚醒は唐突に訪れた。
 ゆっくりと覚めていく意識のまま大和が目を開けると、ふわふわと柔らかそうな黒髪と星のような輝きを宿す天色の眼が視界に入ってくる。
 そんな目と髪を持ち、物柔らかで人好きのする気配を纏う人物は、大和の知る限り一人しかいない。
「…北、斗?」
 何故彼がここに居るのか。
 その理由とソファに寝かされている己の現状を理解すれば、大和は慌てて身を起こした。
 自己嫌悪で自然と眉根が寄る。らしくもないと大和は内心で歯噛みした。これは完全に失態だ。
 確かにここの所、睡眠時間を削るほどに大和が対処すべき案件が多かったのは事実だが、就寝前だろう北斗を呼びつけておきながら、迎えるべき己が居眠りをしてしまうなどあるまじき事である。
 何か言わねばと大和は口を開きかけたが、対する北斗は怒るでも呆れるでもなく、ついていた膝を起こして傍らから立ち上がった。
「おはよう、大和。やっと起きたな」
 かけられる声は優しく、もしかして暢気に眠りこけていた顔をすべて、北斗に見られていたのだろうかと思えば、大和は目眩にも似た羞恥を覚える。 
「私は…どれくらい寝ていた?」
「…30分は経ってると思う。1時間いかないくらいかな」
 告げられた言葉に益々もって驚かされた。愕然としたといってもいい。
 大和は、どんな場合であれ非常時であれば直ぐに対応するべき立場の人間である。
 幼少期からそう教え込まれてきたために、睡眠は浅く、気配には敏感な性質だ。他人に易々と気を許す方でもない。
 だから、人の居る部屋でそんなにも長く眠りこけていたという事実が信じられない。
 机からソファへと大和の身体を移して寝かしつけ、格好を寛がせたのも彼だろうか。
 ここまで無防備に接触を許したなどと、呆れを通り越して最早笑うしかない。
 無遠慮を咎めることもできたかもしれないが、慣れているとはいえ重厚なコートとブーツから解放されると少し身体が軽い。
 己の未熟も思えば、変に身体が強張ったり、筋を痛めるよりはマシだったのだろうと北斗の行動は不問と定めた。
 代わりに純然たる疑問を唇に上らせる。
「…君は隠形術の心得があるのか?」
「その発想はなかった。残念ながら俺にそんな特殊技能はありません」
 真顔で尋ねれば青い瞳が生き生きと楽しそうに笑う。大和相手に限らず、北斗はいつもそうだ。
 やわらかな声音と飄々とした態度で、周りの毒気や緊張を抜いていく。
 張り詰めた雰囲気が続く現状において、北斗の気質は随分と他者の救いになっているようだ。民間協力者たちをはじめ彼を慕い頼るものは多い。
 北斗はそんな彼らにいちいち目をかけて、細々と対応してやっているようだった。
「大和が疲れてるからじゃないか? あんまり無理するなよ」
 北斗の気遣いには隔てがない。今この時かけられた言葉に表れているように、大和に対しても向けられる。まるでごく普通の、友人に接するかのように。
 そんな接し方をしてくる人間は、大和にとって北斗のほかには居ない。それが不快でないと思える相手もまた。
 笑みを僅かに引いて向けられる北斗の視線には、案ずるような色が見てとれる。そんな、何の柵もない情は、大和には縁のないものであった。 
 微妙に落ち着かないような心地になる。一方で安堵も覚える。あの、眠りの中で感じたのと似た感覚だった。
「部屋に来たら寝てて、びっくりしたんだからな」
 自分でも驚いている等と返すわけにも行かず、大和は曖昧に頷いて返した。
「わざわざ呼び出したというのに…すまない事をした」
 僅かに沈黙を挟んで告げたのは考えていたのとは別の内容。
 謝罪などらしくもない行為であると自覚はあったが、流石の大和も今回ばかりは口にせざるを得なかった。
 目を伏せた大和に対して、北斗はひらひらと手を横に振って表情を和らげる。
「ああ、いいって。その分この後ちゃんと休んでくれれば。大和がしおらしいのってなんか落ち着かない」
「…君の中で一体私はどんな印象なのだ?」
 空気を換えようとするようにまた軽口を叩いた北斗に答える形で、大和は思わず聞き返す。
 北斗が詫び言を必要ないとするならば固持するよりも、彼が望む空気に付き合う方が良いように思えた。
「有能すぎて全部独りで背負って立っちゃう王さま」
 にっこり笑った北斗の回答は明快なものだった。
 進んで背負い込んでいるつもりは大和にはない。一人で全てをこなす等不可能かつ非効率だ。
 本来は実力相応に職務を割り振り処理させるのが正しい。だが現実には無能が多すぎて大和がこなさなければならない作業は多かった。
「大体あってるだろ。大和って自分にできる事はあんまり下に任せなさそうだし。もうちょっと投げられればいいのに。…といっても組織の運営関係は俺には手伝えないしな」
 否定しないのは肯定だと受けてか、北斗の表情に僅かに苦いものが混ざる。それには大和は首を横に振って返した。
 大和からすれば、北斗が気に病む必要など欠片もないのだから。
「構わない。君は現状において最良の前線指揮官であり最高の戦力だ。加えて民間協力者の精神ケアまで勤めてくれているのだろう? 働きとしては既に充分すぎる」
 言葉のままだ。北斗が居なければ大和が成すべき執務の数は、倍でも利かなかっただろうし、こうまで円滑にことは進まなかっただろう。
 大和の意を汲み取り、想定以上の戦果、成果を北斗は出し続けてくれている。それにどれほど助けられているか。
 元々の大和の想定には彼がいなかったのだというのが今ではもう信じられない。北斗の存在は、大和にとって生きた奇跡そのものだ。
「なんか過分な評価を貰ってる気もするけど…ありがとう? …ところで局長、今後のご予定は?」
 僅かに照れたような顔をして、頬を掻くと北斗は話を逸らしてきた。
 斯様に北斗本人にはまったく特別だという自覚がないのだから驚かされる。
 慢心は足元を掬うことを思えば、大和は今の所北斗の謙虚さを美徳と受けておくことにした。
 北斗には少しずつ彼自身の価値を理解してもらえばいい。大和は北斗の問いへの答えを優先する。
「…今日はここで君に会うのが最後の予定だった。このまま何もなければだが」
「そっか。じゃあ今夜はもうこのまま休めよ。資料は渡してくれたら部屋で読んでおく。何か意見があれば報告するし」
 北斗が掌を大和に向けて差し出すのは、元々ここで共に見るはずだった資料を渡せと言う事だろう。
「色々休めない事情もあるんだろうけど、ちゃんと休むのも上の務めだ。もし大和が倒れたりしたら、代わり勤められるヤツなんかいないだろ?」
 君ならばあるいは、という言葉を大和は飲み込む。それを除けば北斗の言葉は何もかも正論だった。
 大和は己の限界を見極めているつもりだが、失態を曝してしまったのは事実であり。
 これ以上の致命的なミスを犯す前に忠告に従っておく方が賢い。
 なのにどうして、迅速を尊ぶ大和の身体は、思うように動いてくれないのか。
 自分でも判断しかねた。机に置いたままの資料をとって手渡せばいい。
 そうすれば北斗はこの部屋を出て行き、お互い明日に備えた睡眠を取ることが出来る。
 何を躊躇う必要があるのか。不可解だ。

 この理解し難い感覚は、大和にとって実のところ初めてではなかったのだ。
 北斗を部屋に呼ぶと決めたときも、「こう」なった。
 効率だけを求めるなら、そもそも局長室に呼ぶ必要などない。
 資料は職員に届けさせるのでも構わないし、もっと言えば携帯にデータだけ送ってしまっても良かったのだ。
 にも関わらずわざわざ呼びつけて、何がしたかったのかと言えば、「顔が見たかった」「話がしたかった」としか言いようがない。
 他の連中の調子はどうかとか、物資などで足りないものはないか。
 確かに北斗に聞くべきことはあるが、資料を見せてからの意見交換も含めて危急の用件ではなく、建前に過ぎない気がする。
 そんな脆弱な用向きしかないくせに、それ以上の理由を見出せないままに、結局彼を呼んでしまった。そして、今に至る。
 大和にはわからない。どうして、最善と言い難い無駄を己が求めてしまうのか。
 思っている以上に自分は疲れているのだろうかとも大和には思えた。
 自己把握と制御ができていないというのは大和にとって甚だ不本意であった。自然と眉根が寄り、顰めるような顔つきになってしまう。
 そんな大和の表情の変化を、大和自身にすら理解しかねる心境を知る由もない北斗は、不快を示したと受け取ったようだ。
「そんな顔するなって。ただ、心配してるんだよ」
 勘違いをしているならば、そのまま北斗の言葉に、平気だと、馴れ合いなど不要だと言い切ってしまえればよかった。
 なのにまるで言葉にならなかったのは、大和が、北斗から向けられる真っ直ぐな気遣いを嬉しいと思ってしまったからだ。
 優しい目、優しい声。意識すれば、違和と安らぎが混ざる奇妙な感覚がまた胸に兆す。
 大和は一端全てを振り払うように、ソファから立ち上がるとブーツに足を通し、机上に近づいて資料を取る。
「解かっている」
 短く告げて、差し出されたままだった北斗の手の上に資料の束を乗せた。
「夜分遅くにご苦労だった。これ以上君の休息を奪う訳にもいくまい。おそらく明日も朝から動いてもらうことになるのだから」
「了解。大和もちゃんと休んでくれよ」
 資料を小脇に抱えると、北斗は踵を返して部屋を出て行こうとする。
 その背を見た瞬間、唐突に彼を呼び止めたくなってしまい、大和はおどろいた。
 どれほど参っているというのか。大和は愕然とする。今の自分は明らかにおかしい。
 私はもしかして彼と離れがたい、のだろうか。ちらりと掠めた思考。

 ──もう少しだけここにいてくれないか。

 胸中に不意に浮かんだ言葉を、大和はおくびにも出さず、声にすることもないまま意志の力で打ち消す。
 理由もなしに、そんなことを言える筈がなかった。
 言えない言葉が積もる。言うべきことも、言うべきでないことも。
 その分視線ばかり、大和は去り行く北斗の背中にじっと注いでしまった。
 去りかけていた北斗は、ドアの前まで来た所で向けられる目に気付いたように振り返り、ふと悪戯な表情を見せる。
「どうした。あんまり熱心に見送られるとさびしいのかと思うだろ。…なんなら、眠れるまで一緒にいようか?」
 心の声を聞いたかのような台詞に、大和は表情を微動だにさせぬまま内心どきりとした。
 勿論そんなはずはない。からかうような、軽い微笑が北斗が好むいつもの冗談の類だと裏付けている。偶々だ。
 惜しいだなんて大和は思っていないし、本当になるはずもない。解かっている。

 だから。

「そうだな。君がそういうなら、折角だから頼むとしようか」
 明らかに揶揄いだと分かる言葉に、頷いて返した。
 大和としては北斗に倣った、ちょっとした冗句のつもりだった。
 先程から殆ど北斗のペースが続いていた。それを少しばかり乱してやりたいと思ったのだ。
 こんな子供じみた行為に走るのは大和にとっては珍しいことだ。抱えたままの不可解さに気が迷ったのかもしれないし、北斗の気質が幾らか移ったのかもしれない。
 何にしろ大和らしくない意趣返しは不意打ちとなり、結果思ったよりも上手く行ったようだ。ぽかんと一瞬、北斗のあおい目が大きく見開かれる。
「え? は? 本気で?」
「君が言い出したことだろう。翻すのか」
 反応は上々。狼狽している北斗などという新しい顔を見ることができた。
 北斗が答えに窮している様子なのを見、大和は口の端をかすかに持ち上げた。
 おもしろいと思った。軽妙な物言いで、時に周囲をあっと言わせる北斗は、いつもこんな心持ちなのだろうか。
 少しだけ、彼を近く感じられる気がした。わるくない。胸のうちが僅かにすっとする。
「ああ、睡眠時間が気になるというならば、このまま泊まっていくか。共寝になるが」
 頷く筈もないと解かっているからこそ、大和は不敵に笑って続ける。
 別段、大和も本気で引き留めようと考えていた訳ではない。
 意趣返しの続きだ。常に剽悍と構える北斗の驚いた顔や、少し困った顔、余り見られない表情をもう幾らか見ていられれば良かった。

 それで済む、はずだった。
 大和は失念していた。目の前の相手は何時だって、大和の予想を裏切り覆していく人物だと。

「…泊まっていく」

 動揺の波が引いた様子の北斗は、天色の双眸を大和に向けて頷いた。
 先刻北斗が浮かべて見せたのと似た呆然に近い表情を、今度は大和が浮かべる番だった。

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