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ぶっちゃけ大地の方が出番多いですけどね! 仲良しなのも、親友/おさななじみ枠だから致しかたない。
ウサミミの死に顔動画イベントも本編にあればよかったのに!という気もちと無双局長が書きたかったので…。
しかし肝心の無双シーンは視点の都合でカットな罠。リベンジはいつかどこかで!
かっこよい局長が書けるようになりたいですね…?
うちの受けミミはわりと局長に助けられることが多いですね…。王子様か、王子様なのか。
たぶん受けミミさんは一週目うさぎなんです…その内恩返しする話も書いてあげられたらなあとおもっています。
タイトルは「死の舞踏」。わりとウサミミさんが身体を張った激戦を繰り広げておられるので。
市街地近くに異常発生した野良悪魔の掃討が、頼まれた仕事だった。
引き受けた以上は油断せずに完遂するつもりで来たけれど、状況は最悪だった。
おれたちは、いま、無数の悪魔たちによって完全に取り囲まれてしまっている。
崩れかけの小さな廃ビルのひとつを拠点代わりに、手近なところから相手をしてどうにか戦ってきた。
けれど──
「撤退だよ」
ぐったりと倒れている維緒を抱き起こして、『リカーム』をかけながら周りの仲間に指示を出した。
回復の合間にも迫ってくる悪魔たちを、おれの仲魔の一体である青い霊鳥が放った風の刃が引き裂き、散らす。
一先ず目に見える範囲の悪魔は減らしたけれど、まだ周囲に大小無数の気配を感じる。
直にまた悪魔が迫ってくるだろう。あまり余裕はない。おそらく、ここを逃せばもう退くことすら叶わなくなる。
敵勢に押され気味だった大地を庇いながら戦闘していた純吾が、おれの声に頷くと身近に残る悪魔を倒し、こっちに戻ってくる。
彼は連れている仲魔も含めてまだもう少し余力があるようだけど、純吾と一緒に引いてきた大地の方はもう限界だ。
元々、報告されていた以上に野良悪魔の数が多かったという想定外の状況での戦闘だったが、大地の消耗は、肉体と言うよりは精神的な負荷に依るところが大きい。
維緒が一撃を受けて地面に伏した時、大地は誰より近くに居たのだ。
気の良いおれの幼馴染は、そのことに責任とショックを感じてしまっているらしく、動きが鈍くなってしまっている。
大地は元々戦闘に対する意欲が高いヤツじゃない。これ以上無理に戦闘を続けさせれば士気の下がった大地がやられるか、サポートも勤めている純吾が倒れることになる。
そもそも、回復と魔法による援護を主に担当していた維緒が倒れた時点で、戦線は既に崩れかけていたのだ。
何処からともなく次から次に悪魔が湧いてくる状況で、これ以上篭城に近いことをしても押し潰されるだけだろう。
「初。イオ、だいじょうぶ?」
戻ってきた純吾はまず維緒の心配をしてる。自分だって決して無傷じゃないのに、仲間思いの彼らしい。
「とりあえず起こしたけど、このまま戦闘を続けるのはキツイと思う」
「…初、くん。私まだ…がんばれるよ?」
意識が戻った維緒は、直ぐにも貧血を押して起き上がろうとしていた。辛くても折れない芯の強さを、こんな時は発揮しなくても許されるはずなのに。
青白い顔で、それでもおれたちに心配かけないようにしてるのか、笑って立とうとする維緒を、腕で制して押し留める。
「だめ。血を流しすぎだ。ひどい顔色してる。ダイチ、イオを連れて逃げられる?」
「お、おう! 任せとけって。新田さん、ほら肩貸すから、捕まって」
負担になってたことを悔やんでいたのか口数少なくなっていた大地だったけど、維緒のことを任せたらちゃんと引き受けてくれた。
そう、なんだかんだで責任感の強い良いヤツなんだ。
維緒も、自分の身体のことはよく解かっているみたいで、大地が貸す肩を大人しく借りてくれた。
「イオのことよろしく。ジュンゴは、脱出の時、先頭をお願い。道を拓いて貰う形になるから大変だと思うけど」
「平気。ジュンゴがんばる。…初は?」
「おれは──残って敵を引き受ける」
純吾の問いかけに、おれはできるだけ声から揺らぎを消すようにして答えた。
瞬間、大地と純吾が息を呑んだのが目に見えて解かった。
「バカ! お前一人で残るとか正気かよ!?」
「! 初が残るならジュンゴも残る!」
予想通りの反応だった。大地も純吾も絶対反対するって思ってた。
唯一、維緒だけは何もいわずにおれのことを凄く複雑な目で見ている。
…うん、維緒には解かってるんだよね。俺の考えてること。
「……じゃあみんなで残って仲良く全滅する?」
冷静に事実を指摘すると大地は鼻白んだようだった。純吾も言葉をなくしている。
「そ、それは…! だけどさ、だからって初だけ残してくとかねーじゃん! ひとりでかっこつけんなって!!」
それでもまだおれに反論してくる辺り、おれの幼馴染は本当にいいヤツだと思う。だからこそ、納得して貰わなければならなかった。
「格好つけてるとかじゃなくて、冷静に戦力分析して、みんなで帰るために効率重視した結果。維緒は逃げるのにひとの助けが必要。この包囲を抜けるなら純吾の攻撃力が要になるんだけど、それでも、後ろから追いかけられたら逃げ切れないかもしれない」
ひとつひとつ要素を挙げ、説得していけば話の解からない大地じゃない。みるみる眉を下げて表情を曇らせるのが申し訳なかったけど。
「だからおれが敵の注意をひきつける。陽動ってヤツだ。一番余力があるのはおれだからね。つけてる仲間も機動力重視だし、うまいこと撹乱してみせるよ」
ね、と傍らの霊鳥と幻魔を見て言う。おれが一番よく力を借りる組み合わせ。
敵陣に誰より早く突っ込んで殲滅するような遣り方は時に注意されることもあったけど、性分に合っているのだから仕方ない。
おれは、大事な仲間が傷つくことが何より耐えられない。臆病なおれのこころはそれに怯えて、避けるために最大限できることを考えてる。
最前線を駆けるのもその一環。できることはなんでもしたいからだ。
儘ならない今の状況は心苦しい。おれがもっと早く退くことを決めていればよかったという後悔がある。
でも今はそれを悔やむよりも一刻も早く皆の安全を確保するべきだ。
こうして話している間にも悪魔が近づいてきているはずで。
悩んでる時間も惜しいと大地もそれは理解していると思う。感情と理性の間で大地のこころが揺れてるのがわかる。
幼馴染は心底困ったようにおれを見て、ポツリと呟いた。
「…お前ちょっとヤマトに似てきた。理詰めで逃げ道失くすとことか」
「それってこの状況だと褒め言葉だよね」
大地が例えに挙げた人物を思い浮かべると、自然と笑顔になった。随分と光栄な話だ。
指揮官としても悪魔使いとしても、おれはまだまだ彼に比べるべくもないのだけど。
大和がこの場にいれば、こんな状況にはきっとなっていない。以前に垣間見た彼の実力は今のおれたちとは比するのもおこがましい。
彼がもしここに居てくれたら。そう思わなくはないけれど。
ジプスの長である大和は様々な仕事で忙しく現場まで出てくることは殆どないから、この仮定はまるで意味のない話。そもそも無闇に頼るような真似は不興を買うだろう。自他共に厳しい彼だから。
おれたちはおれたちの力でこの場を切り抜けるしかない。己の意思と力でできることをしなければ、命を散らすだけだとおれはよく知っている。
それに負担にだってなりたくない。おれたちは大和たちに、ジプスという組織に日々の衣食住の保障という形で充分に助けられているのだ。
「安心してよ、おれだって死にたいとか思ってないから。だから…できるだけ早く、応援を連れて戻ってきてね」
携帯の電話機能が使えればこの場で篭城しながら助けを待つという選択も出来たけれど、どういう理屈か、この近辺に入った途端電波状況が悪くなり不通になっていた。
史あたりがいてくれれば原因を見極めて対処を考えてくれもしたのだろうけれど、これもないもの強請りの話だった。
「…わかった。ガチで全力で急ぐから、だから、ムチャすんなよ?」
大地は幾らかの逡巡の後、ようやく頷いてくれた。眉根は寄せられたままで苦悩の色が濃い。
「もちろん。おれはみんなの現場リーダーなんだから、こんなとこで倒れてらんないよ」
「…初くん」
「イオ、ありがとね。反対しないでくれて」
泣きそうな目になって何も言えなくなっている維緒を慰めるように笑いかけてから、おれは窓の外を見る。異形の影たちが随分近い。
「さて方針も決まったことだしちゃちゃっと作戦決行だ。おれが陽動で派手に暴れてる間に、包囲が薄くなったところを破って脱出。その後は携帯が繋がり次第、他のみんなと連絡つけて合流。おれの救助に来てね。以上。…みんな、動けるな?」
確認のために向けた声に、ここまで来ると腹も決まったようで大地も純吾も頷いてくれた。勿論、維緒も。
「初、ジュンゴたち急ぐ。だから怪我しないでね」
「鳥居くんの言うとおりだよ。私たち、みんなと一緒にすぐ戻ってくるから」
「絶対、絶対死んだりするなよ!? 約束だかんな!」
そうやって気遣う言葉をかけてくれるのが本当に嬉しい。みんなのことが好きで守りたいと改めて思う。
おれは笑顔を保ったままに頷き、裏口にみんなを誘導する。それから自分は、破れた窓に急いだ。
これからできるだけ派手に暴れて、悪魔たちの目をおれに引き付けなくてはいけない。
片手に携帯を構える。そこで笑顔を消した。ここからはもう余裕はない。振り返らないまま叫んだ。
「走って!!」
羽ばたく霊鳥の足に捕まって、おれは外へと跳び出していく。
後ろに白い鎧の幻魔が続き、迫り来る悪魔の群れ目掛け、彼が放った『マハジオ』が戦いの開幕合図になった。
──正直、よく頑張ったと思う。
そろそろ、大地たちは包囲の外まで逃げられただろうか? 確かめるすべはないが逃げられているといい。
おれはおれの役割を果たすべく、堕天使や魔王と言った、戦いながら補給の出来る仲魔と手持ちを時折入れ替えつつ、継戦、転戦。
見失われて他の仲間のところに行かれては困るから、正々堂々正面から、野良悪魔の群れに飛び込んでの戦闘を繰り返していた。
その中でおれは、悪魔の来る方角や動き、諸々を見定め、どうにか大元を特定することに成功した。
おれたちが潜んでいたビルからそこそこの距離を置いて真向かい、元はアパートだったと思しき建物の一室にソレはあった。
追いかけてくる悪魔、元から屋内にいた悪魔。どちらも数が多い。
倒しても倒しても減らない悪魔の数多さに悩まされながら、どうにか廊下を踏破し、原因があると思しき部屋に踏み込んだ瞬間、くらりと一度目眩を覚えた。
「……最、悪……」
すこし空気を吸っただけでも気分が悪くなる。狭い部屋の中には多量の悪魔がひしめき蠢いていて、そればかりでなく、この場所にはひどく濃い瘴気が渦巻いていた。
渦巻く紫の濃霧の中心、今回の異常の原因も、偶に巷で見かける暴走携帯電話だったが、普通とは少々事情が異なるようだった。
その携帯電話はケーブルでパソコンと繋がれており、傍らには最早原型を殆ど留めていない──『持ち主』と思しき遺体がある。
召喚アプリの仕組みを調べようとでもして、暴走させてしまったんだろうか。今となっては知りようもない。
解かることは、パソコンと繋がれたままの携帯の暴走は通常よりも勢い凄まじく、噴き出す瘴気の濃度もそこから悪魔が現れる速度も比例しているという事実だけだ。
「もう少しだけ付き合ってね、ごめん」
澱む空間を見据えつつ、周囲に湧く悪魔の相手を、ここまでの行き道で既に満身創痍の仲魔に託す。
おれもおなじくらいにボロボロになっていたけど、まだここで根を上げて休むわけには行かなかった。
『嵐の乱舞』と、貫通を乗せた『暴れまくり』が唸りを上げて悪魔たちを巻き込み、引き裂いていく。
傷を負った仲魔たちの攻撃では完全に周りの悪魔を倒すには至らないが、それでも隙は生まれる。仲魔が開いてくれた血華の道をおれはひた走った。
物理スキルの射程内に異常の原因を捉えると、おれは至近から『百烈付き』を放ち、パソコンもろとも暴走した携帯電話を粉々に破壊する。
渦巻いていた瘴気が少しずつ薄れていく。携帯を中心に生まれていた歪みが消え、これで新たに悪魔が現れることは無くなった訳だがほっと息を吐く暇はまだない。
暴走携帯を破壊しても、それが直接悪魔の送還に繋がることはないからだ。
寧ろ間の悪いことに、おれの仲魔の限界のほうが先に来た。
雪男に似た姿の悪魔が放った氷塊がおれの仲魔である霊鳥の身体を捉えて穿ち、また別のカボチャ頭をした悪魔の炎が白い騎士に似た幻魔を焼き焦がす。
いよいよ現界していられないだけの損傷を受け、二体の仲魔の姿はその場から掻き消えた。
「……ッ!」
慌てて『リカーム』を唱えようとしたが、元々魔法型じゃないおれの精神力は、ここまでの戦闘で底をついていた。
携帯内の仲魔ストックはとうに切れている。つまりおれの身を守り、隣で一緒に戦ってくれる相手はもういない。
逃げ場の少ない密室で囲まれれば確実に保たない。
そう判断して咄嗟に身を翻す。廊下へと逃れ出たおれを、生き残りの悪魔が追いかけてくる。
狭い通路で迎え撃つべく足を止められる場所を探そうと走った──けれど、悪魔の足のほうがすこし速かった。
毛むくじゃらの雪男が丸太のように太い腕を振るい、叩きつけられたそれを交わし損ねたおれはバランスを崩し転倒してしまう。
「っあ……!」
打たれた肩の骨に皹でも入ったかもしれない。床に強かに身体をぶつけたからというばかりでなく、骨に響くような衝撃があった。
思わず携帯を取り落としてしまう。まずいと思ったそのときには、悪魔の顔が間近にあった。ちょこまかと動き回るおれを、捕まえようとでも言うのか圧し掛かられて、重みで息が詰まった。
牙がぞろりと並ぶ口が間近に見える。獣くさい息に背筋があわ立つ。退かそうと何度も蹴りつけたが、アプリの助けなしではロクなダメージを与えられない。
悪魔の身体を鎧う硬い筋肉と皮膚の感触が足裏に返るばかりだ。おれの無駄といえるような抵抗を雪男は嗤ったようにも見えた。笑顔は威嚇が元であったという話が頭を過ぎってすぐに消えた。悪魔が、ほんのわずかな思考をする余裕さえも消し飛ばす行為に出たからだ。
「──ッ、い…!!」
右の肩口に噛み付かれた。いや、喰らいつかれたと言う方がただしいか。肩の薄い肉が噛み千切られて持っていかれる。
冷静に分析する余裕もない。激痛が過ぎて痛いというより最早、熱い。血が失われていくと共に呼気が乱れた。
このまま、食い殺される?
本能的な恐怖に竦みかけたおれは、それでも床に落ちた携帯を拾おうと左腕を必死に伸ばす。
こんな所で死ぬわけにはいかない。死にたくない。だっておれは約束した。ちゃんと死なないで、みんなを待つんだって。
みんなの顔が浮かんで消える。優しい人が多いから、多分ここでおれが死んだらしばらく消えない傷になる。
自分たちの責任だって、あの時残っていればって思わせたくない。
それに、おれはまだ、やりたい、ことが。
一瞬、意識に浮かぶ銀色の面影。怜悧な横顔。
彼は──大和は、おれが無様に死んだら、一顧だにしないんだろう。あの灰色の水晶のような瞳は、いつだってどこか高い所をみてる。
ひとりぼっちの王様のような、そんな強くて、でも痛々しいような姿を、おれは、助けたくて。少しでも力になりたくて。
でも、それ以前におれは自分自身すら助けられないのだ。情けなくて口惜しくて涙が出そうになるのを堪える。
震えそうになりながら伸ばした指先が、それでも携帯に届いたと思った。
「あ、ぐっ!!」
なのに左腕を、悪魔の容赦ない手に捕まえられてしまう。へし折られそうな力がそこには込められている。あと少しなのに。
これまでなのかと思った瞬間、
背後で何か硬質のものが砕け散る音が響き渡った。
同時に俺の上に被さっていた巨躯が凄まじい勢いで弾き飛ばされる。開けた視界に入ってきたのは、破れた窓とそれまではいなかった一匹の魔獣だった。恐らく窓を割って入ってきたのだろう。
雪男は体勢を立て直す間もなく、疾風の如く動いた新たな参入者の牙に首を大きく裂かれ、動かなくなった。
ゾクリと背筋に先ほどまでとは違う寒気が走る。この悪魔は、今のおれとも相手にしていた野良悪魔たちともレベルが違う。
辺りが急に静かに感じられるのは、魔獣を恐れてか、辺りの悪魔たちが一度動きを止めているからだ。
窓を突き破って表れ、敵を容易く噛み裂き畏怖させる大柄な獣の姿には見覚えがあった。青白い毛並みを持つ魔犬──ケルベロス。
おれにはまだ呼び出せない高位の悪魔だけれど、数日前、大和が使役しているところを見た。
雪男から自由になり、掴んだ携帯をおれは構えなおそうとする。腕も肩も痛んでいるが、命綱を手放す気にはなれない。
勝機は皆無。それでも、何とか逃げる隙を作らなければ──というおれの決意は杞憂に終わった。
「え……?」
ケルベロスは先までの攻勢とは一転して静かにおれに歩み寄り、小さく鳴いた。そして己の背を示す。まるで乗れとでも言いたげに。
おれは信じられなくて何度も目を瞬いたが、ぼんやりしている暇はないと直ぐに思いなおす。
もしかして、という予感があった。このケルベロスは、本当におれにとって見覚えのある相手なのだとしたら。
そんなまさか、という気持ちはあるけれど、事実ケルベロスはおれを救ってくれて、囲みを抜ける助けになろうとしてくれている。
何かしら思惑があるのだとしても、躊躇したり疑ったりするほど選択の幅がおれにはない。
「恩に着る、よ」
失血と痛みでふらつきつつも、必死でケルベロスの背にしがみつく。
おれが乗ったことを確かめるようにこちらを見てから、ケルベロスはすぐに駆け出した。建物を飛び出し、外へ。
そこにも、魔犬の疾駆を止めることの出来る悪魔はいない。
進路を邪魔するものは、その爪に、牙にかかり、あるいはスキルで一掃され、紙屑のように引き裂かれていく。
悪魔の群れが蠢く地域から、魔獣は苦もなく離脱していった。敵じゃなくて、本当に良かった。
そうしてケルベロスが向かう先は、おれにとって慣れ親しみはじめた建物がある方角で。
やはり、自分の考えは間違いじゃなかったようだと安堵めいたことを考えたのがいけなかった。
まずいと思う間もない。ふつりと緊張の糸と同時、意識も途切れた。
次に目が覚めると、白い部屋にいた。白いカーテン、白い天井。空気が少し薬くさい。
なんだかぼんやりして考えがまとまらない。それでもおれが目を開けたのに、傍らに控えていた誰かが気付いたみたいだ。
起き上がろうとしたら、頭に手が伸びてきて制された。手袋越しの、少し低い体温。
「…まだ麻酔が抜けきっていない。大人しくしていたまえ」
見下ろす銀灰の視線と目が合って、誰がベッドサイドに立っているのかを理解した瞬間、一気に意識が覚醒した。
「やま、と?」
「ああ、私だ。お前を害するものはここにはいない。だから下手に動かないでくれ。傷が開いたらどうする」
かけられる大和の声がなんだか気遣ってくれているような、そんな雰囲気で。
何だか未だ夢を見ているような心地で、おれは身体が悲鳴を上げるのも構わずに、再度身を起こそうとした。
傍らの大和が現実の存在なのか確かめようと、手を──
「初」
伸ばしかけたところで、その前に大和によっておれは押さえ込まれた。
あまり力がかけられているようには思えないのに(だって痛くない)、あっさり留められて寝台に寝かされ、布団を掛けなおされる。
「大人しくするように言ったのだが、聞こえていなかったのか?」
不機嫌そうに大和の眉が潜められた。低められたこえと、射抜くような灰銀の双眸には何時も以上の威圧感がある。
ああ、本物だと理解した。夢じゃなかった。
おれは流石にそれ以上大和の言葉に逆らうのが恐ろしかったので、大人しくベッドの上に横たわったままで傍らに立つ彼を見上げた。
何時も以上の仏頂面だ。形の良い眉は皺を刻みそうなほどきつく寄せられ、むっすりと唇を引き結んだ──実に不機嫌そうな顔をしている。
さっきから見えている景色からして、今おれが寝かされているのは多分医務室。
ケルベロスの背中で気絶したはずだけど、誰かが見つけて連れてきてくれたんだろう。
微妙に頭がぼんやりするのは大和曰く麻酔が抜けきってないからか。
「いや、だって、目が覚めたら目の前にヤマトが居たから、びっくりして……あ、そうだ。ダイチたちは無事?」
「意識がはっきりするなり奴らの心配か。……無事だ。迫たちが保護してこの場所に戻ってきている」
おれの問いかけに、大和はひとつため息を落し──でも尋ねた言葉を無碍にせず、きちんと回答をくれた。
「よかった。本当に、よかった」
自然笑みがこぼれた。すると何が気に入らなかったのか、大和は険しい表情を解かないままおれを見下ろして再度口を開く。
「初。まったく、お前という男は無茶をする。志島たちを逃すためにひとり残ったそうではないか。死ぬつもりだったのか?」
向ける声はどこか呆れたような響きで。だけど、最後の言葉だけはどうしても否定したくて、おれは首を横に振った。
「違うよ、死ぬつもりなんかなかった。それが一番全員で生き残れる可能性が高いって思ったからだ」
「理解に苦しむ。切り捨てる選択もあっただろうに」
大和の言う事は情を排すれば正論だ。自分だけが生き残るつもりだったなら、それは正しい。
「あった。けど選びたくなかった」
その選択肢を選べばおれの心は死んだだろう。おれには選べるはずもない選択肢だった。
「お前は甘いな。……そのようなことでは何時か足元を掬われかねんぞ」
「ならヤマトはどうしておれを切り捨てないで助けてくれたのさ? ……おれを助けてくれたあのケルベロス、ヤマトの仲魔だろ」
真っ直ぐ大和の顔を見据え、視線を重ねるようにして尋ねる。
姿に見覚えがあるのも当たり前だった。あのケルベロスは、ほんの何日か前、大和がSL広場で悪魔を撃退する時に召喚していた仲魔なのだから。
「気付いていたのか」
大和の目がほんの少しだけ見開かれる。おれが気付かなかったら、助けたなんてわざわざ言うつもりはなかった。そんな反応だ。
「おれ、記憶力にだけは割りと自信があるんだよ」
引き出すことの出来た反応がなんだか嬉しくて小さく笑いかけると、大和は一瞬にして何時もの仏頂面に戻ってしまう。
「……そうか。だが、私のした行いは別段お前が気にかけるような事はない。……これだけ問答が出来るならば大事無いな。私はそろそろ失礼する」
「待ってって! まだ言いたい事があるから聞いてよ」
会話を切り上げてこちらに背を向けようとした大和を慌てて呼び止める。追うことの出来ないおれを慮ってなのか、大和は足をそれ以上進めるのは止めて振り返った。なんだかんだでそうやって、大和はおれの話をちゃんと聞いてくれるのだ。そのことにほっとしつつ、おれは言葉を続ける。
「ヤマトをやり込めたかったとかじゃなくて、おれはただ、お礼が言いたかったんだよ。……助かった」
こうやって今生きていられることを噛み締めながら口にすると、幾らか、言葉が返るまでに間があった。
「……。…先ほどの問いへの回答だが、今初を失うわけにはいかなかった。お前は今ジプスに身を寄せている悪魔使いたちの要といって良い。迫や菅野、柳谷も信頼を置いている。失われたときのダメージは図り知れん。詰まる所、私の都合だ。改めて感謝をする必要はない」
形のよいくちびるが紡ぎあげたのは、理路整然とした、実に大和らしい理由だ。大体そんな回答が返ってくることは予想できていた。
「うん。大和は助ける価値があるものだけを守るんだよね。それでもさ。おれ、死にたかったわけじゃないけど、死ぬかもしれないって怖かったから」
だから、普通に相槌を打って、おれはおれの言いたい事を大和に伝える。きっと大和はこんな言葉をいらないとそう、思うのだろうけど。大和にとっては必要なら守るのは当たり前のことで、でも守られた方には当たり前じゃないのにね。
「助けてくれて嬉しかった。ありがとう、感謝している」
お前の行動でおれは助かって、こうして息をして話して、笑っていられる。どんなにありがとうって言っても足りない。
そうしたら、意外な反応があった。大和はほんの一瞬、水晶玉みたいな銀瞳を、何とも落ち着かなげに迷わせたのだ。見間違いかとも思ったけれど、確かに少しだけそう見えた。
けれど、大和はすぐにかぶりを振り、何時もの怜悧さを取り戻してしまう。
「礼は不要だ。ひとつ忠告させて貰うならお前には甘いところがある。私にとってはお前と言う才能についた瑕瑾だが……それがお前らしさであり、それによってひとがお前についてくるというなら、これから先、言葉を貫くだけの力を身につけることだ」
「……はい。おれだって痛いのとか辛いのはすきじゃないから、できるだけこういうことはしないで済むようにするよ」
「そこは二度としないと言い切ってもらいたいのだがな。今度こそ私は行くぞ」
用事はもうないな、と言外に言っているような、そんな様子だった。偶に見せる優雅な礼をひとつ残すと、大和は外套の裾を音もなく翻し、踵を返す。こちらに向けた重厚な黒いコートを羽織った背は、まるで何か、浮かぶ感情を押し隠そうとしているかのようにも見えて。礼を言われることに慣れていないような、そんな反応で以外だった。
「またあとでね、大和」
「ああ、できるだけ早く復帰して戻って来い。初にはまた、頼みたい用件があるのだから」
振り返らないまま大和は医務室の入り口に歩いていく。去り際の、その刹那。おれの耳が、ごく小さな声を──拾った。
「…………不本意だが、あの男の作り出したシステムに、僅かなりと感謝をせらねばならぬようだな……」
本意でないという言葉通り、苦虫を噛み潰したかのような、複雑窮る声だった。ともすれば聞き逃してしまいそうなかすかな呟き。
それはどうやら独白だったらしく、大和がそれ以上言葉を足すことはなかった。おれがなにか言うより早く、大和は部屋を出て行ってしまった。
大和が残したごく小さな呟きの意味を図りかね、残されたおれはひとり首を捻る。
その時に解からなかった答えをおれが知ったのは、大和が去って間もなく訪れた大地の行動によってだった。
大和が去ってから幾らかたった頃、大地がやってきた。
おれが起きているのに気付くとすごく急いで駆け寄ってくる。泣きだしそうな顔でおれの意識が戻ったことを喜んでくれてる。大地は本当に素直ないいヤツだ。
「初ー! お前ほんっっと助かってよかった! も、ホント心臓止まるかと思ったんだからな!」
「ごめん。でもほら、こうして生きてるし」
勢い込んで来た大地を宥めるように、痛みで顔が引き攣らないように気をつけつつ、身を起こして笑いかける。
すると大地はキッとこちらを睨みつけて怒ってきた。
「ばっきゃろー! 初はもっと自分を大事にしろっての!」
「ダイチ…怒ってる?」
「お前が逃してくれて、囲みを抜けた直後にこれが来たんだよ! …グロいけど、ちょっともうお前これ見て自分がどんだけ危なかったのか自覚しとけ!!」
珍しく眉を跳ね上げた大地は開いた携帯の画面を見せようと、ずずいっと押し付けてくる。
大地の物言いからなんとなく何を見せられるのか予想はついていて、あまりいい予感はしないけれど。
そして、見せられたものはおれの予想を肯定するものだった。
「……死に顔動画」
ここ数日で見慣れてしまったニカイアのテロップの後、表示された動画には「おれ」が映っていた。
見覚えのあるアパートを逃げる「おれ」。廊下に転がり出たところで悪魔に追いつかれ、圧し掛かられ──食い殺される。
自分の死に顔を見るのは二度目になるけど、気分のいいものじゃない。
ああ、本当はこうなるはずだったのか。あの時、大和のケルベロスが俺のところに来てくれなかったら。
僅かに目を伏せたのでおれが動画を確認したのがわかったのか、大地は直ぐに携帯を閉じてポケットに仕舞った。
「それでもう、俺も新田さんやジュンゴも大慌てだったよ! 急がないと初が死んじまうって。速く助け呼ばなきゃって。……そうしてたらアイツが来たんだ」
「もしかして……ヤマト?」
仲魔だけがそう離れて活動できるはずはないから、自然、主人である彼もあの場に来ていたんじゃないかと予想して口にすると、大地はひとつ頷いた。
「おう。よくわかったな。なんでヤマトがここに!? って俺たち吃驚したんだけど、いきなり『初はどこにいる?』って聞かれてさ。タイミング的に『あ、コイツもしかして初を助けに来てくれたのかな』って思ったから、事情説明したら──」
凄い目で大地たちを一瞬睨んだあと、大和は即座にケルベロスを召喚して先行させたらしい。
「貴様らに初の意を汲むつもりがあるなら、さっさと新田を連れて支局に戻れ」そう吐き捨てるみたいに言って、あとはもう何言わずに大地たちが来た方角に、妖獣呼び出して駆けて行ったとか。
「……チビるかと思った。ヤマトだけに任せるとかひどくねって思ったけど、そのあとはなんつーの? 流石ジプスの局長さま? すごかったわ。ゲームであるじゃん? なになに無双って。ああいう感じだったよ」
それは戦闘と言うよりは最早一方的な殺戮で。おれたちにはまだ使えない、目も眩むような上位スキルの数々が乱れ飛び。
大和が通ったあとは、俺たちを悩ませた悪魔たちの死屍が累々と横たわるばかり。生きてるものは一匹たりとて残らなかったそうだ。おれはどうやら思っていたよりも熱烈に、大和に守られていたみたいだ。
「こりゃ下手についてっても足手まといにしかならないなって。それに…新田さんの顔色紙みたいになってたし。…って、やっぱ言い訳だよな。一番危ないとき、助けにいけなくて、ごめんな」
物凄く申し訳なさそうな顔をしている大地の頬に手を伸ばす。辛気臭い顔をしているから、むにっとそのまま引き伸ばしてやった。
おれの幼馴染は優しいし案外ナイーブだから、こうやって気を抜いて遣らないときっと抱え込む。
「う、うひっ!?」
「ストップ。謝らないでよ。おれも生きてて、ダイチも生きてる。イオやジュンゴも無事なんでしょ。それにダイチはおれのこと心配していまさっきも怒ってくれたでしょ。それだけで、いいよ」
一番喜ぶべきこと、嬉しかったことを告げてから、指を離して笑いかけると、大地もつられたように笑ってくれた。
「ダイチはそうやって笑ってる方がいいよ。あとは、おれたち、もっと強くならなきゃ、だね」
「本当にな。あんま戦うのとか積極的になれねーけど。……でも、やっぱ幼馴染のお前が死んじまう!って時に誰かにまかせっぱで助けにいけねえとか。お前だけ遺して離脱!とかちょー寝覚め悪いわ。自分とあと…仲間の身くらいは守れるようになりてーよ」
おれたちは顔を突き合わせて頷きあった。今日、こうして今おれと大地が生きていられるのは運が良かったに過ぎない。
今のこの災厄の只中にある世界は、力、意思、誰かとのつながりや幸運、かたちは様々だけれど、何かしらの強さを持たなければ生き抜くことが難しい世界だ。
「あ、そういや初、ヤマトに会った? 一応、お礼言っとけよ。ヤマトが初のこと連れてきて運んだんだ」
大地の言葉におれは目を瞬いた。あの大和がおれを運ぶことまでしてくれたのだと思うと、ありがとうの言葉だけでは本当に足りなかったように思う。そのあたりのことを全然言わないで済ませようとしたあたり、水臭い。
「さっきまでここに居たよ。おれが目覚めるまで付き添ってくれてたのかな。ダイチたちのこともヤマトに聞いた。お礼も言ったよ」
「なんか、初には甲斐甲斐しいよな。アイツ」
大地は大和の行動が以外であるようだ。そうかな、と俺は軽く首を傾ける。
「ヤマト、キツイとこもあるけどあれで結構優しいよ。無茶したこと、ヤマトにも怒られたし」
「いや、優しいのは初にだけだろ……」
「そうでもないよ」
多分、俺だけじゃなくて見所があると思った相手にはあんな感じなんじゃないかなって思う。大和は厳しいけど、解かりづらいけどそこにはちゃんと優しさがある。表現方法は、ちょっと、いやかなり不器用だけど。
「あんまり優しいヤマトって想像つかないんだけどなー」
大地は軽く頭を掻いた後、ごく自然に普段のような会話に終始していることに気付いたようで、ひとつ咳払いの後、ぺこっと頭を下げた。
「とにかく初が目ぇ覚めてよかったよ。……身体張ってくれて、ありがとな」
そんな風に面と向かってお礼言われると照れくさくなってくる。さっきの大和もこんな気持ちだったのかな。礼を口にした大地自体もむずがゆいような気持ちみたいだ。
「お礼は、おかず一品くれるとかでいいよ?」
「ちゃっかりしてんな。解かったよ、怪我人だもんな。栄養いるよな」
空気を軽くするようにおれは軽口を叩いてみせる。すると吹き出した大地と目があう。二人揃ってまた笑った。
「うし、んじゃ、新田さんたちも呼んでくるわ! 他のみんなも心配してたし。大人しく待ってろよ!」
それから大地はおれに安静を言い渡して駆けていった。この後はきっといっぺんに賑やかになるだろう。
縁の糸。細く繋がる、それを感じる。おれは全員で無事を噛み締められるだろう予感に目を細めて、寝台に横たわった。
それからすこしだけ枕に顔を押し付けて埋める。大地が教えてくれたことを、部屋を出て行く間際に大和が残した言葉を思う。
きっと、大和もニカイアを見たのだ。それで、普段何かとするべき仕事が詰まっていて忙しいはずなのに、単身でおれを助けに来てくれた。タイミング的に見て間違いない。
どれだけ彼の貴重な時間を使わせてしまったんだろう。
「ああ、もう借りばっかり積もっていくな……」
いちばんの恩返しを考えるなら、七星になぞらう侵略者たちを退ける助けになること。それの他にない。
大和はきっとその先に見据える目的があって、戦っている。その目の奥にある"何か"を知りたいとも思う。
そのためにはちゃんと自分の力で危機を乗り切れるようにならないと、大和と対等になれるくらいじゃないと、駄目だ。
大和に何かあったとき、今度はおれが彼のことを、助けたり支えたりできるように、なりたかった。
「本当に……もっと強くなりたい」
大地の前で言ったことをもう一度繰り返す。切実な渇望だった。おれは弱い。まだまだ足りない。全然、足りない。皆を守るにも、大和の助けになるにも、まだ届かない。
「なりたいじゃなくて。……うん。強く、なる」
自戒のように、誓いのように呟いて、おれは今は先ず身体を休めるべく、仰向いて目を閉じる。大地がみんなを連れて戻ってくるまで束の間の休息に微睡むことにした。
目蓋の裏に浮かんだ銀色の面影。礼の言葉に一瞬だけ所在無く迷わせたひとみ。大和の素の感情。もっと見てみたいな、なんて思ってしまうのは、今はまだ過ぎた気持ちだと封じ込めた。
おれの死に顔を動画を、大和はどんな表情で見たのだろう。そのことが少しだけ、気にかかった。