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大学生ウサミミと、プランツ大和の日常話。
局長は甘えるのが下手そうなので、そのあたり盛り込んだらプランツにあるまじき自活っぷりになってしまった。
むしろこれってただの幼な妻なんじゃ……。
ちいさい局長が、いろいろ親身になってお世話してくれるとかばくはつしろ!なウサミミさんですね…。
なんか割とだらだらシリーズになりそうなよかん。
ゆさゆさと小さく身体を揺さぶられて、眠りの底に沈んでいた意識が浮上する。
夢の続きだろうか。おかしいな。俺は実家から少し遠い大学に通うために、家を出て始めた一人暮らし。
この部屋の中には自分のほかに誰もいないはずなのに。
頭はまだほとんど眠っている。瞼はくっついたまま、まだ開きたくない。
それに暖房器具の入っていない早朝の室内はすっかり冷えて、ぬくぬくと温もった布団から抜け出すのにはちょっと勇気と勢いがいる。
「ん、ん…あとごふん……」
自慢じゃないが俺はもともとねぎたない方だ。許されるなら一秒でも長く枕に顔を埋めていたい。
しかし、まるで甘えたことを言ったのが気に障ったかのように、俺を揺さぶる力が強くなる。
携帯の目覚ましアラームなんかより確実に、俺のことを起こしにかかってる、夢。本当に不思議な話だ。
それでも頑固に目をあけず、もぞもぞと布団に潜り込む姿勢を取ろうとしたら。
「――」
呆れたような溜め息がひとつ聞こえたかと思うと、べりっと勢いよく掛布団が引き剥がされる。
早朝の寒気で、寝ぼけていた頭がすうっと一気に覚醒した。
そこで俺は漸く思い出す。そうだ、暫く前から俺はもう一人暮らしではないのだった。
「……おはよう、やまと」
寝ぼけ眼に残る眠気の残滓を拭うように何度か目を擦る。
俺の視界に、ようやっと身を起こしたこちらをみて満足そうな顔をしている、白い和装を身に着けた少年人形の姿があった。
奪い取られた布団は、彼の手で丁寧に畳まれ、既に押入れに片づけられようとしていた。
かつては油断すると万年床であることが多かった我が家だが、大和が来てからと言うもの毎朝きっちり収納が行われ、昼夜の区別がつくようになっていた。
少し離れて洗濯機が静かに回る音もしている。昨日の分洗濯を大和がやってくれたようだ。
先日俺の元にやってきた観用人形である大和は、物凄く勤勉な働き者だった。
彼を購入した店の主は、大和のことを"自分の世話はある程度自分でできる"、"手もかからない"と言っていたが、ここまでとは思わなかった。
プランツについて買ってから幾らか調べてみたが、大和ほど確りしている人形の例は少ないようだ。
概ね"愛されるためのいきもの"であるプランツドールはひとに世話をされるもの。
子守りくらいは、慣れたり、相手と波長が合えばすることもあるようだけれど、人間の世話を焼くプランツというのは稀有であるらしい。
大和は毎朝誰に起こされるでもなく俺より早くに起きて、身支度を整えたり自分に課している諸々を終えてから、寝起きの悪い俺を今朝のようにたたき起こす。
俺が間違っても二度寝なんかしないようにさっさと布団を片付けてから、大和は俺ところに戻ってきた。
「―― ――」
言葉を話せない観用少年は、何かを訴えるように銀色の宝玉めいた瞳をじっと俺に差し向けて、一度だけ服の袖を引く。
「わかってるよ、ミルクの時間な」
何を言いたいのかはわかる。殆ど手間のかからない大和が要求する数少ないものが、俺の手で人肌に温める食事のミルクだった。
プランツドールは毎日のミルクと週に一度の砂糖菓子で生きる(大和の場合は体質を維持するために毎食香り玉も必要だ)。
俺が起きたら一番初めに要求してもおかしくはないが、大和は自分の仕事だと定めていることをこなしてはじめて俺に朝食を要請してくる。
かしこいおりこうさんだと、紫がかるうつくしい銀の髪を撫でてやると、当たり前だと言うように大和がドヤッとした表情を浮かべた。どうやら俺に褒められるのは嬉しいらしい。
「直ぐあっためるから」
俺はキッチンに向かうと、大和のために買った琺瑯の手鍋に人形用の栄養価が高いミルクを注ぎいれ、ゆっくりゆっくりと熱を通していく。
この作業は時間もかかるし目が離せないが、その間に大和が手早く俺の分である朝食の準備を整えてくれるから安心して時間を使うことができる。
最近は朝に俺がすることと言えば、身支度と変わりばんこにしている洗い物を覗けば、こうして大和が飲むミルクを準備することくらいになっていた。
ミルクは煮立たせてしまうと風味が飛ぶから、沸騰させてしまわないように気を付ける。十分にあたたまったら、香り玉を一粒溶かし入れ、やはりゆっくりとかき混ぜてから火を止めた。
後は、大和専用のカップに移し、室温で人間の体温くらいまで冷ましてからテーブルに運ぶ。
ホットミルクとなると、人間向けなら他にいろいろ混ぜてもおいしいのだが、ミルク・砂糖菓子・香り玉以外のものを与えると、大和の身体に良くないと聞いているので、余計なものを入れたことはない。
俺の配膳とほぼ同時に、大和がきれいにまるく焼けたベーコンエッグにレタスとプチトマトが彩を添える皿を手にやってくる。少し遅れて、トーストの焼きあがった音がした。
もう一度台所と居室を往復した大和が、飲み物と食パンを運んできてくれる。狭い1K賃貸の一室ではあるが、大和の小さな体には移動距離が程よいらしく、格別不満はないようだ。
準備を終えて、一緒に小さな折り畳みのテーブルを囲んで座る。
俺が座る位置には、大和が郵便受けから回収してきた新聞も置いてあった。これは食後にでも読むことにしよう。
テーブルの上には、俺と大和それぞれの朝食。必要なものが全部そろっていることを確認してから、
「いただきます」
手を合わせて食事に感謝する。 大和も声こそないが俺と同様に手を合わせる食前の挨拶をしてから、がっついた所など欠片もない、実に上品な所作で容器を持ち上げ、淡紅のくちびるを碗の縁につけた。
普通はティーカップを使う所だろうが、俺が骨董屋であおみの強い青磁の抹茶茶碗を買ってきて以来、大和はそれをミルクの入れ物として使っている。
はじめは市販のティーカップで飲んでいたのだが、どうにもしっくりこないらしくて、食事のあといつもしきりに首をかしげていたから、何かいいものはないかと探して買い与えてみた。すると、これが大正解だったようだ。一目で気に入ったらしい大和は、茶碗を貰った日は遅くまで試すすがめつ、陶磁器の古式ゆかしい渋い色味を掌に載せて楽しんでいた。
今日も大和は、お気に入りの茶碗で俺の淹れたあたたかいミルクを飲む。美味しそうに、一口ずつ味わって、時折ほう、と嬉しげな吐息をこぼしている。大和の表情がほんわかと和らぐ食事の風景はとても可愛らしいのでついつい見つめてしまいそうになるが、そうすると大和は恥ずかしいのかツンと澄ましこんでしまうので、こっそり盗み見るのが精々だ。
それでも、
「美味いか?」
正面切ってちゃんと聞けば、大和は答えの代わりに満足げな微笑みを見せてくれるのだった。
大和は燃費が良いようで、本来ミルクは三食摂るものなのだが、朝と夕方に多めに飲めば日に二度で済む。
暮らしはじめは俺が大学の昼休みに帰宅して、昼にも与えていたのだが、俺がいつも慌ただしく出入りと準備するのを見かねたのだろうか――ある朝、いつもの量では足りないと意思表示をし、珍しいなと思ったその日の昼は一滴もミルクを口にしなかった。代わりに夜、普段より少し多めにミルクを飲んだ。次の日もその次の日も同じようにして、昼のミルクは要らない、帰ってこなくていいと大和は俺に態度で示してくれた。
ちゃんと保つのか、大丈夫なのだろうかと一度せぷてん屋に大和を連れて行ったが、健康色艶ともに問題ないと太鼓判を貰ったので、以来大和のミルクは朝と夕に二度ということになった。
その分、休日と祝日は、大和のためにきっちりと三食、ミルクを用意する。
大和のかしこいところは、生活の変化を理解している点にもあった。俺が家に一日居れば、大和は昼にも人肌に温めたミルクを要求してくる。
本当に人間をよく見ている、とてもかしこいブランツドールなのだった。
前述の通り大和は俺の朝食の準備を毎日してくれる。つまり包丁もコンロも自分で使えるのだ。だからたぶん、やろうと思えばミルクの準備も自分でできるんだろう。
でも、それだけは決してしない。ミルクを用意するのは俺の仕事だと決めているみたいに、いつも俺にミルクを淹れるよう促すのだ。
俺の作るミルクでなければ食事にならないとでも言いたげに。
一度、どうしても夜に帰れない日があったのだが、隣室に住んでいる幼馴染にミルクの世話を頼んだところ、大和はぷいっと顔を背けて絶対に呑まなかったらしい(幼馴染には俺の方で誠心誠意謝っておいた)。
あくる朝俺が慌てて返ってくると、大和は少し青い顔をして俺を迎えた。
いたたまれなくなって「ごめんな」と心から謝罪の言葉を向けたら、大和がほっそりとした腕が思いもよらぬ強い力で抱き着いてきた。
どんなにしっかりしているように見えても、大和のことをひとりにしたらダメだったんだとその時誰に言われなくても理解した。
以来俺は、どんなに遅くなるとしても毎日絶対に家に帰るようにしている。
帰宅が真夜中を過ぎても、家に帰りさえすれば大和は安心した様子を見せ、俺のことを嬉しそうに出迎えてくれるのだから。
「今日は夜にバイトないから、夕方帰ってきたらその後は大和と一緒に居られるよ」
返事はなくとも、大和は俺の言葉をちゃんと理解するので、食事の合間に俺は一日の大体の予定を大和に伝えておく。
大和はひとつ頷いた後、壁の方を一度見てからもう一度俺のことを見た。壁の向こうは、幼馴染の大地が済んでいる部屋だ。大地はよく俺が暇になるとこの部屋に遊びに来るので、大和は今日は大地は来ないのかと聞いているのだろう。
「大地は今日は来ないよ。なんか用事があるみたい」
予想から言葉を告げると、正解だったみたいだ。大和が笑むように目を細める。別に大和は大地のことが特別嫌いなわけではない。寧ろ厳しく当たるあたり気を許しているのではないかと言う気もする(大地にはたまったものではないだろうが)。
何故なら大和に限らず、プランツは嫌いな相手は徹底的に無視を決め込むからだ。
大和が大地の動向を気にしたのは、単に俺とふたりっきりになりたいだけだ。プランツは、オーナーとの触れ合いの時間をとても大切にする。
近頃あんまりゆっくり一緒にいてやれなかったから、大和はできるだけ態度に出さないように自制しているようだが、それでも時々視線の中に私を構え、というオーラが漏れ出す時があった。
今日は大和の好きな紀行番組を一緒に見て、お風呂にもゆっくり入って、少し夜更かしをしよう。明日は休みだ。少し寝坊してもいい。
「帰ってくるまで、今日も留守番宜しくな」
お願いを口にすると、大和は任せておけ、というように神妙な顔でうなずきを返してくる。
「良い子にしてたら、お土産もあげるからさ」
そんなものに釣られるほど子供ではない。そういう態度で大和は息まいたが、俺は大和が喜ぶものを知っている。
俺が大学の図書館から本を借りてくると、大和は何時も熱心に読みふけるのだ。内容もちゃんと理解しているようである。以前にレポート課題のために小難しい専門書を山と借りてきたら、知らない間に全部読み終えてしまったくらいだ。あの時大和は、他にはないのかとばかりに俺に訴えてきたりもしたものだ。
家の中にある俺の蔵書は雑多な娯楽本に至るまで、大和は既に読み明かしてしまったらしく、最近のブームは新聞を繰り返し読むことのようである。俺が読み終わっていらなくなった後で与えると、大和は気になる記事をきれいに切り分けて、スクラップ帳に分類して仕舞う。この間見せて貰ったが、なかなかの出来だった(政治と世界情勢、文化に特に興味があるみたいでそちらの記事が充実していた)。
「ごちそうさまでした」
そうこうしている内に食事を終える。俺が食べ終わる頃には、大和はもうミルクを飲み終えている。そして、満腹らしい充たされた顔で余韻を楽しむ顔をしていた。
今朝のご飯も味・量ともにちょうどいい塩梅だった。いつの間にか大和は俺の味の好みをすっかり把握したようだ。
本日の洗い物当番は俺だ。食器を流し場に持っていくと、大和も自分のお気に入りの茶碗を手についてくる。それを受け取って、ちゃっちゃと洗い物を済ませにかかった。
「先に朝の新聞読んでていいよ」
洗い物当番でない方が新聞を先に読む。いつの間にかそういうルールが俺と大和の間にはできていた。
大和はいそいそと新聞を広げ、真剣な顔で読み込み始めた。その内に食器をきれいに洗う。
食器洗いの合間ちらりと大和の方を見れば、やわらかにひょんと髪がひとふさ跳ねた銀色の後ろ頭が、熱心に新聞に集中しているのがわかり、俺は小さく偲び笑う。
大和は本当に好奇心と向学心が強い。その内大学にひっそり連れて行ったらどんな顔をするだろうか。
時々そんなことも考えてしまう。プランツはとんでもなく高価だから(中古になると随分値が下がると言う事を知らない人間は多い)、誘拐の心配が付きまとう以上、難しい話だと分かっているけれど。
叶うならば学校だけでない。いろいろな場所に大和を連れて行ってやれれば良いのに。
この部屋だけが大和の世界と言うのは狭すぎるのではないか。そんな風に思えてならなかった。
洗い物を終えた俺は、身支度を済ませて玄関から外に向かう。
見送りに来た大和が、何時ものように巾着包みを無言で俺に差し出してくる。
中身は俺が起きるより早くに大和が用意した弁当だ。残り物をうまいことさばいて昼食にしてくれている。
「いつもありがとう」
下手に食堂で食べたりコンビニで買うよりずっと安く味も良いので、非常にありがたい話だ。
手作り弁当とどうしたよ、とせっつく大地に大和が作ってくれている話をしたら目を剥かれたっけ。
大和は本当に働き者過ぎて俺は何時も頭が下がる。
けれど本人はそうすることが当たり前だと思っているらしい。褒めればうれしそうな顔をしたり、時折胸を張ることもあるが、大和の中では家も食事も俺が提供しているのだからこれは当然の対価に当たるみたいなのだ。もっと気楽に暮らしてくれて構わないのに。俺は別に大和の面倒を見ることは苦じゃない。初めは全部俺が居る時も時間がある時も家事をやってくれようとしていたから、その辺りは相談してちゃんと分担することにした。
大和がこの後どういう風に過ごしているのか、俺は大体知っている。洗濯ものを外に干し、部屋の中を掃除して、その後は窓の外を見ながら俺が帰ってくるまで概ね眠って過ごしているらしい。
もっと自由に過ごしてもいいと言ってあるのだけれど、外には出られないし、本は読み終わってしまい、昼はエネルギーの消費を抑えるとなると自然とそういう生活リズムになるようなのだ。
大和本人は外にも大いに興味があるようなのだが、自分が勝手に出たり、外に出たがったりすれば俺が困ると解っているようだった。
聞き分けが良すぎるというのも考え物だ、などと思うのは、本当に過ぎた話だ。
せめて大和にさびしい想いだけはさせるまい、俺は心からそう思っている。
「いってきます。早く帰るからね」
「――……」
弁当を大事に鞄にしまった俺は、大和と別れて家を後にした。大和は俺のことを声なく見送る。
ドアが閉じるその瞬間まで、大和が俺のことをじっと見ていると知っていた。
でも、毎日出かける度に後ろ髪をひかれたらやっていられないので、俺は絶対に惜しむような顔はしないと決めていた。
その分は、できるだけ早く家に帰ることで補填にするのだ。
誰かのいる空間、というのは本当に居心地がいい。想えば一人暮らしは自由気ままだがその分幾許かの寂しさを孕んでいた。
月々の支払いは確かに大変だが、大和のいない暮らしはもう考えられない。
暮らし始めて三か月で、大和は俺にとってかけがえのない相手になった。
学校に、バイトにと毎日には張り合いに満ちている。だらしないところを見せると大和が容赦なく無言の叱責を飛ばしてくるのだ。その分、きちんと努力していれば認めて笑ってくれる。
そんな好ましい、恥じることなくありたい、笑ってほしい相手がいることで、俺は随分とがんばることができている。
大和の笑顔が俺は好きだ。俺の隣で色々なものを見て、感じて笑って居て欲しい。
逆に険しい顔や悲しい顔は見ていると胸が痛くなる。守ってやりたい。
――この気持ちはどこか恋にも似ている。
プランツドールの何よりの栄養は愛情だという。
特別なことをしなくても、目をかけて愛してやることが一番大事。プランツドールについて調べる度に聞く話だ。
だから、毎日ちゃんと家に帰ること。大和のためのミルクを温めること。彼に愛情を注ぐこと。
何よりも大和が喜んでくれる三つのことを、俺は毎日破らず果たす。
俺はきっと色々と至らない主人だろうけど、それでもできる限りあいつのことを愛して、幸せにしてやりたいのだ。
「ただいま、大和」
今日も俺は家路を急ぐ。
おかえりと、声なく俺を迎えてくれる大切な大和に。
俺が贈ることのできる、あたたかな"愛情(ミルク)"を届けるために。