デビルサバイバー2(主ヤマ時々ヤマ主)中心女性向けテキストブログです。
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投稿が次の日になってしまいましたが、峰津院大和局長、お誕生日おめでとうございました!
まさか三回もお祝いすることになるとは思っていなかったのですが、局長のことが大好きだから仕方ないですね!
来年お祝いするころには流石にブレコが出ていたらいいなあと祈っております…。
微妙に去年や一昨年の誕生日話を汲んでの内容になります。
実力主義エンドから3年後…といっても相変わらずの穏やか実力主義です…。
時刻は、直に零時を迎えようとしていた。
霊峰・富士山の膝元にて、峰津院大和は敷設した蒼い光こぼれる陣の中央に立ち、作戦の開始を待っている。
身体の中に流れ込む龍脈は、普段よりも幾分勢いに欠けている。
今この瞬間も、寄生虫の様に龍脈に巣食う悪魔が、龍の通り道に満ちる霊的な力を吸収しているためだ。腹立たしいことこの上ない。
大和は睨むように銀の眼を、くろぐろと口を開けた風穴の入口へと差し向けた。
その奥底に――討伐するべき対象は存在している。
富士の樹海に幾つも存在する風穴。その奥は龍脈が濃く息づく土地であり、神霊妖魔の類を惹きつけやすい。そのことは大和をはじめとするジプスのものたちにとって重々承知の話であり、常に厳重な監視と警護の網が敷かれていた。
だが、その隙間を掻い潜り――一体の悪魔が風穴に巣食うようになった。人里から離れた場所であるから一般人の被害者こそ出ていないが、異変に気づいて調査に向かった局員たちが何人も犠牲になった。どうにか生還した者の口から、伝えられたのは龍のような姿をした悪魔の存在だ。
龍脈を吸い上げて力を得たその悪魔は、どす黒く変色した、龍脈の龍のまがい物のような見た目をしており、風穴に踏み入ったものを次々と貪り喰らったのだという。報告した局員は片腕をなくしていた。それでも彼は運がよかったのだ。彼のほかは誰一人として、亡骸の一部すら風穴の外に出ることが叶わなかったのだから。
富士の龍脈を、悪魔のほしいままにさせておくことはできない。
報告を受けて、即座に討伐隊が組まれた。隊長は宇佐見北斗――大和が最も信を置く人間であり、実働部のトップを務める青年である。
かつて悪魔使いたちを率いて七星の侵略者を打倒して見せた手腕は、実力主義が成立して以降益々冴え、今回の出動においても首尾よく件の悪魔を追い詰めた。
しかし、誤算があった。龍脈を得たこともあり、その悪魔の性質はほぼ自在であった。悪魔自身の望むままにある程度変化する。
追い詰められた悪魔は地面に潜り、泳ぐようにして風穴の奥へと逃げ去った。
風穴の奥底は龍脈荒れ狂う慮外の空間だ。準備もなしに踏み込むことはできない。
北斗の判断で、討伐たいは深追いをすることはなく一旦撤退。龍脈の専門家といえる大和に事態を報告した。
幾ら北斗が有能であっても、龍脈に関しては峰津院の者以外にはどうしようもないことが多々あることを大和は理解している。そこで自身も現場である富士の樹海へと直ぐに向かった。
改めて組まれた討伐作戦はこうだ。
大和が、樹海一帯の龍脈を制御下に置き、標的を逃がさぬように幾重にも結界を張り巡らせる。
その間に北斗たち討伐部隊の者が風穴の中心へと趣き、標的を討つ。
これが最も確実であろうと期しての戦闘だ。龍脈の力が濃く満ちるなかにある悪魔の力は初回の戦闘時より膨れ上がっているだろうが、他の場所に移動するのを待つ猶予はない。傷が完全に癒え、手の付けられないほど力を蓄えられてからでは困る。できるだけ早く片を付ける必要があった。
魔法陣の中心で瞑目し、身の内に龍脈をあおく巡らせながら集中していた大和だったが、携帯電話がメロウな着信音を奏でる。この重要な作戦中に、大和に電話をかけてくるような相手は一人しかいない。
大和自身も知らず知らずのうちに口の端が上がっていた。周りで術式の補佐をするべく忙しく動き回っていた局員たちが気付かない程度の、ごくごくわずかな変化だ。
『もしもし大和? 俺だけど』
「君が直接かけてくるということは問題なく、風穴の深部に到達した、ということだな」
聞こえてきた声は案の定、北斗のものであった。明朗で聞き取りやすい声は、間違いようもない。
『うん、こっちは順調だよ。そっちの準備が終わり次第、大地たちと一緒に突入する。……できれば、お前に足労願うまでもなくなんとかしたかったんだけどね』
そう紡ぐ北斗の声には幾許かの悔しさが滲んでいる。
「気にするな。適材適所だ。龍脈に関わることは、君と言えど御せるものではないからな」
『大和や峰津院のひとにしかできない、っていうのは、できたら何とかしたいんだけど。こればかりは言っても仕方ないか』
「そうだ。それよりもさっさと片付けて戻ってこい。帰ってきたらまた君の手を借りたい案件が山とあるのだからな」
『うーん、さっさと片付けて帰るつもりだったんだけど、思ったより長丁場になっちゃったからな。頑張ります。その辺りが全部終わったらさ、休んでもいいよね?』
「本来なら、今日明日は君にとって休暇だったか。申請を出していたな。やるべきことをすべて終わらせた後ならば認めよう」
『その時はさ、大和も一緒だよ?』
「……気にするな」
『気にする。だって――ああ、もう日付が変わっちゃうから、言っておく。誕生日おめでとう、大和』
大和はわずかに目を伏せた。そう、今日は六月十日。大和の誕生日だった。一昨年、去年と彼は心づくしの祝いをしてくれた。今年も何もなければそうするつもりだったのだろうと解っていた。祝うことができないことを彼がとても心苦しく思っていることは電話越しにも良く伝わってくる。
耳元を震わせたおめでとうの声は、優しく、甘かった。ともすればこれから血なまぐさい戦に向かうことが信じられない位に。きっと、電話向こうで彼は穏やかに微笑んでいるのだろう。
その顔を見られないことは少しばかり、大和にも惜しく思えた。
「まったく、律儀な男だな、北斗よ。祝いの言葉は受け取っておこう。祝辞への返礼は君が帰ってきてから直に行う。……先ずは行って来い。そして、慮外者の悪魔の首を獲ってきたまえ」
『オーケイ。任された。帰ってきたら、報告も溜まってる業務もきっちりぜんぶ片づけて、それからお前のことちゃんとお祝いするからさ。今年のプレゼントも楽しみにしててよ。それじゃ、行ってきます』
電話向こうの空気が変わった気がした。普段は飄々としているが、。青い瞳はきっと、透徹と倒すべき敵を見据えているのだろう。その輝きを想えば大和の背筋にはぞくりと甘く震えが走る。
「ああ、作戦開始だ」
彼が存分に振る舞えるよう、大和は出来る限りの支援を行う。地に走る龍を己の意志の元に飲み、従える。
これ以上一滴足りとて龍脈の力はくれてはやらぬ。この地は最早大和の支配下だ。空気そのものが檻の様に張り詰めて、幾重にも編み上げた結界が、風穴の奥にとぐろまくまがい物の龍の周囲を封鎖する。
後は、北斗に任せればよい。ここまでお膳立てしてやれば、大和の愛する男は間違いなく、望むだけの戦果を勝ち得て帰ってくるだろうから。
***
風穴の最奥。
薄暗く、冷え切った洞内の空間は、鮮やかに青白い龍脈の光に照らし出され異界のような様相を呈していた。
戦闘が開始するまでは寒い寒いと言っていた大地は、今や真面目な顔をして、周りに集る雑魚悪魔と闘ってくれている。
他の皆――今回の討伐隊は北斗にとって慣れ親しんだ元民間の悪魔使いの面々を主として構成されている――も同様だ。北斗が事件の原因となった悪魔と万全の態勢で戦えるよう、それぞれのかたちでサポートしてくれている。
「ここまで整えて貰ったら負ける気はしないな」
軽口のように呟きつつも、踏み出した北斗に、慢心も油断もない。両脇を固めるのはガルーダとクルースニク。北斗にとって戦友と呼べるほどに多くの戦場を共に潜り抜けた仲魔二体だ。
ぐるりと咽喉を鳴らし、鎌首をもたげた龍もどきは――やはり龍脈の龍に似ているが、色はヘドロの様にどす黒く、見た目もどこか歪で、一種の神々しさがあったかの龍とは根本が違う。
「俺、これでも結構怒ってるんだ。龍脈は大和にとって大事なものだろうからさ。それを掠め取った木端悪魔は、きついお仕置きが必要だよな?」
大和と揃えて誂えた指輪をしている方の手をぎゅっと握りこんで、北斗は拳を作る。即座に地面を蹴り、一気に肉薄。必殺の一撃と言える千烈突きが炸裂し、悪魔の身体を次々に穿っていく。サマナーの攻撃に合わせて、霊鳥と幻魔も、それぞれに万魔の一撃と炎の乱舞を解き放つ。
いかに龍脈の力を吸い上げ強力になった悪魔といえど、今の力の源と言える龍脈そのものを大和に抑えられ、結界に囚われた状態では能力を十全に発揮できはしない。
力を吸ったことで巨体になったことも災いした。俊敏に動き回る悪魔使いの挙動に、龍もどきはついていけない。身体を傷つけられ、身悶えながら反撃をおこなうものの、放つ紫色の輝きも、牙や尾も、一切北斗や彼の仲間を捕えることができずにいた。
「大事な子を待たせてるんだ。さっさと片付けさせてもらうよ」
告げる声は氷点下よりなおつめたい。あいつ怒るとああいう感じになるんだよ、とは、後々語られる幼馴染の志島大地の言だった。
――そこから先は最早戦闘とは言えないものだった。ほぼ一方的な蹂躙劇。それが閉幕するまでには、そう時間はかからなかった。
***
「ただいま、大和」
夜が明けるより早くに討伐部隊は風穴から引き上げてきた。誰より早く戻ってきた北斗の報告によれば、怪我人も殆どないとのことである。
「予定より早かったな、北斗」
龍脈を介して戦闘の結果はリアルタイムに得ていた大和だったが、それでも実際に戻ってきた姿を見ることには安堵が生まれる。
もっとも、今は作戦中であるから腑抜けたところを見せるわけには行かない。
常のように凛と、堂々とした局長らしい佇まいで、大和は北斗を迎える。
「大和の顔が早く見たかったからね。他のみんなに断り入れて、俺だけ急いで先に帰ってきた」
おそらく妖獣の力を借りてきたのだろう。彼の肩の上には、つぎはぎのうさぎの姿をした悪魔――イナバシロウサギがくっついていた。
「仕方のない奴だな。だが、良くやってくれたのは確かだ。御苦労」
「お前やみんながバックアップしてくれたんだもん。これで負ける方がすごいよ。当然。ああ、そうだ。大和、手だして」
「? なんだ?」
他の者が相手であればこう無防備に手を出すようなことを大和はしない。だが、北斗は大和にとって掛け値なしの特別だった。言われるまま、白い手袋に包まれた手を、大和は差し出す。
その掌に、月の光を凍らせたような冷たく透き通る結晶がひとつぶ零れ落ちた。うずらの卵ほどの大きさをした輝石の中心では青白い光がひらめき、あるいは渦を巻き、凝ったかと思えば花のようにぱっと散る――一瞬たりとて同じ顔、同じ輝きを見せることはない。うつくしさと共に、強く純粋な霊力が感じられる。まるで龍脈が凝ったかのようであった。
「例の悪魔を倒したら出てきた。龍脈の力、どうも完全に消化しきれてなかったみたいでさ、吸収しきれなかった純粋なちからが集まってかたちになったんじゃないかって史の分析。上澄みだけで悪魔があんな形になったり強くなるとか龍脈こわいね。でもそれ自体は危険なものじゃないみたいだし、綺麗だから大和に上げる」
「綺麗云々は置いておくとしても、ふむ、龍脈の結晶であれば有用なものだ。受け取っておこう」
「誕生日プレゼント、まだ用意できてないから今日の所はそれで我慢してね」
申し訳ないように眉を下げて笑う北斗に大和はかぶりをあきれたような顔をする。
「なんだ、まだ気にしていたのか。気にするなと言っただろうに」
「だって俺がお祝いしたかったんだよ。今年で大和は二十歳じゃないか。お酒のむのもいいなーとか、色々今日の為に考えてたのに」
言って子どもの様にすねた顔をする青年を見て大和は、ふと溜め息を吐いたのち、耳下に囁きかけるように口を開いた。
「全て片付けたら改めて祝ってくれるのだろう? それで良い。第一、来年もその先もあるではないか。君は……共に居てくれるだろう?」
「! 大和……」
実力のほかには一切の保証のない世界で、それでも先の話を大和が口にしてくれることに北斗は息を飲み込んだ。かっと胸の奥が熱くなって、抱きしめたくて仕方なくなるが、ここは現場であるからと必死に自制する。
「君が祝ってくれる。祝おうとしてくれることに意味がある。そのことを君が教えてくれた。私とて木石ではないのだ。君が思いを傾けてくれることには心も動く」
「それなら、すごく嬉しい。大和が誕生日楽しみにしてくれるなら、うれしいよ」
「あまり直截に言ってくれるな。……確かに楽しみではあるが、別に特別なことなどなくても良い。君がおめでとうと言ってくれるだけで、いい」
言って、少し視線を外す大和が愛おしかった。北斗は懸命に自分の腕を握りこんで、息を整える。そして、真っ直ぐに愛しい相手を見て宣言した。
「来年もその先も俺が大和をお祝いする。何度だっておめでとうって言うよ」
北斗の返答は、大和の琴線に触れるものであったらしい。逸らされていた視線が北斗を向き、あえかに微笑む。
そうして大和が笑ってくれることが三年かけて紡ぎあげた縁や思い出の延長にあるのだと思うと幸せだった。来年もその先もそうしてつないでいきたいと思うものだった。
「であれば、わたしの伴侶たる男が、何時までもむくれた顔をしているな」
「はあい、お疲れ様、大和。……愛してるよ」
労いと愛の言葉を――最後の部分だけは大和にだけ聞こえるように声を潜めて――告げれば、大和は「……帰るぞ」と宣言して北斗の肩を叩き、直ぐに離れていく。
その耳元がほんのり染まっていることに気付いて、帰ったら存分に抱きしめようと北斗はひっそり決意するのだった。
ふたりきりで休みが取れ、改めて誕生祝いの席を設けたその場で、結晶を半分に割って作った揃いの護符が大和の手から渡されて――北斗が驚かされることになるのは、それからしばらく後の話である。
霊峰・富士山の膝元にて、峰津院大和は敷設した蒼い光こぼれる陣の中央に立ち、作戦の開始を待っている。
身体の中に流れ込む龍脈は、普段よりも幾分勢いに欠けている。
今この瞬間も、寄生虫の様に龍脈に巣食う悪魔が、龍の通り道に満ちる霊的な力を吸収しているためだ。腹立たしいことこの上ない。
大和は睨むように銀の眼を、くろぐろと口を開けた風穴の入口へと差し向けた。
その奥底に――討伐するべき対象は存在している。
富士の樹海に幾つも存在する風穴。その奥は龍脈が濃く息づく土地であり、神霊妖魔の類を惹きつけやすい。そのことは大和をはじめとするジプスのものたちにとって重々承知の話であり、常に厳重な監視と警護の網が敷かれていた。
だが、その隙間を掻い潜り――一体の悪魔が風穴に巣食うようになった。人里から離れた場所であるから一般人の被害者こそ出ていないが、異変に気づいて調査に向かった局員たちが何人も犠牲になった。どうにか生還した者の口から、伝えられたのは龍のような姿をした悪魔の存在だ。
龍脈を吸い上げて力を得たその悪魔は、どす黒く変色した、龍脈の龍のまがい物のような見た目をしており、風穴に踏み入ったものを次々と貪り喰らったのだという。報告した局員は片腕をなくしていた。それでも彼は運がよかったのだ。彼のほかは誰一人として、亡骸の一部すら風穴の外に出ることが叶わなかったのだから。
富士の龍脈を、悪魔のほしいままにさせておくことはできない。
報告を受けて、即座に討伐隊が組まれた。隊長は宇佐見北斗――大和が最も信を置く人間であり、実働部のトップを務める青年である。
かつて悪魔使いたちを率いて七星の侵略者を打倒して見せた手腕は、実力主義が成立して以降益々冴え、今回の出動においても首尾よく件の悪魔を追い詰めた。
しかし、誤算があった。龍脈を得たこともあり、その悪魔の性質はほぼ自在であった。悪魔自身の望むままにある程度変化する。
追い詰められた悪魔は地面に潜り、泳ぐようにして風穴の奥へと逃げ去った。
風穴の奥底は龍脈荒れ狂う慮外の空間だ。準備もなしに踏み込むことはできない。
北斗の判断で、討伐たいは深追いをすることはなく一旦撤退。龍脈の専門家といえる大和に事態を報告した。
幾ら北斗が有能であっても、龍脈に関しては峰津院の者以外にはどうしようもないことが多々あることを大和は理解している。そこで自身も現場である富士の樹海へと直ぐに向かった。
改めて組まれた討伐作戦はこうだ。
大和が、樹海一帯の龍脈を制御下に置き、標的を逃がさぬように幾重にも結界を張り巡らせる。
その間に北斗たち討伐部隊の者が風穴の中心へと趣き、標的を討つ。
これが最も確実であろうと期しての戦闘だ。龍脈の力が濃く満ちるなかにある悪魔の力は初回の戦闘時より膨れ上がっているだろうが、他の場所に移動するのを待つ猶予はない。傷が完全に癒え、手の付けられないほど力を蓄えられてからでは困る。できるだけ早く片を付ける必要があった。
魔法陣の中心で瞑目し、身の内に龍脈をあおく巡らせながら集中していた大和だったが、携帯電話がメロウな着信音を奏でる。この重要な作戦中に、大和に電話をかけてくるような相手は一人しかいない。
大和自身も知らず知らずのうちに口の端が上がっていた。周りで術式の補佐をするべく忙しく動き回っていた局員たちが気付かない程度の、ごくごくわずかな変化だ。
『もしもし大和? 俺だけど』
「君が直接かけてくるということは問題なく、風穴の深部に到達した、ということだな」
聞こえてきた声は案の定、北斗のものであった。明朗で聞き取りやすい声は、間違いようもない。
『うん、こっちは順調だよ。そっちの準備が終わり次第、大地たちと一緒に突入する。……できれば、お前に足労願うまでもなくなんとかしたかったんだけどね』
そう紡ぐ北斗の声には幾許かの悔しさが滲んでいる。
「気にするな。適材適所だ。龍脈に関わることは、君と言えど御せるものではないからな」
『大和や峰津院のひとにしかできない、っていうのは、できたら何とかしたいんだけど。こればかりは言っても仕方ないか』
「そうだ。それよりもさっさと片付けて戻ってこい。帰ってきたらまた君の手を借りたい案件が山とあるのだからな」
『うーん、さっさと片付けて帰るつもりだったんだけど、思ったより長丁場になっちゃったからな。頑張ります。その辺りが全部終わったらさ、休んでもいいよね?』
「本来なら、今日明日は君にとって休暇だったか。申請を出していたな。やるべきことをすべて終わらせた後ならば認めよう」
『その時はさ、大和も一緒だよ?』
「……気にするな」
『気にする。だって――ああ、もう日付が変わっちゃうから、言っておく。誕生日おめでとう、大和』
大和はわずかに目を伏せた。そう、今日は六月十日。大和の誕生日だった。一昨年、去年と彼は心づくしの祝いをしてくれた。今年も何もなければそうするつもりだったのだろうと解っていた。祝うことができないことを彼がとても心苦しく思っていることは電話越しにも良く伝わってくる。
耳元を震わせたおめでとうの声は、優しく、甘かった。ともすればこれから血なまぐさい戦に向かうことが信じられない位に。きっと、電話向こうで彼は穏やかに微笑んでいるのだろう。
その顔を見られないことは少しばかり、大和にも惜しく思えた。
「まったく、律儀な男だな、北斗よ。祝いの言葉は受け取っておこう。祝辞への返礼は君が帰ってきてから直に行う。……先ずは行って来い。そして、慮外者の悪魔の首を獲ってきたまえ」
『オーケイ。任された。帰ってきたら、報告も溜まってる業務もきっちりぜんぶ片づけて、それからお前のことちゃんとお祝いするからさ。今年のプレゼントも楽しみにしててよ。それじゃ、行ってきます』
電話向こうの空気が変わった気がした。普段は飄々としているが、。青い瞳はきっと、透徹と倒すべき敵を見据えているのだろう。その輝きを想えば大和の背筋にはぞくりと甘く震えが走る。
「ああ、作戦開始だ」
彼が存分に振る舞えるよう、大和は出来る限りの支援を行う。地に走る龍を己の意志の元に飲み、従える。
これ以上一滴足りとて龍脈の力はくれてはやらぬ。この地は最早大和の支配下だ。空気そのものが檻の様に張り詰めて、幾重にも編み上げた結界が、風穴の奥にとぐろまくまがい物の龍の周囲を封鎖する。
後は、北斗に任せればよい。ここまでお膳立てしてやれば、大和の愛する男は間違いなく、望むだけの戦果を勝ち得て帰ってくるだろうから。
***
風穴の最奥。
薄暗く、冷え切った洞内の空間は、鮮やかに青白い龍脈の光に照らし出され異界のような様相を呈していた。
戦闘が開始するまでは寒い寒いと言っていた大地は、今や真面目な顔をして、周りに集る雑魚悪魔と闘ってくれている。
他の皆――今回の討伐隊は北斗にとって慣れ親しんだ元民間の悪魔使いの面々を主として構成されている――も同様だ。北斗が事件の原因となった悪魔と万全の態勢で戦えるよう、それぞれのかたちでサポートしてくれている。
「ここまで整えて貰ったら負ける気はしないな」
軽口のように呟きつつも、踏み出した北斗に、慢心も油断もない。両脇を固めるのはガルーダとクルースニク。北斗にとって戦友と呼べるほどに多くの戦場を共に潜り抜けた仲魔二体だ。
ぐるりと咽喉を鳴らし、鎌首をもたげた龍もどきは――やはり龍脈の龍に似ているが、色はヘドロの様にどす黒く、見た目もどこか歪で、一種の神々しさがあったかの龍とは根本が違う。
「俺、これでも結構怒ってるんだ。龍脈は大和にとって大事なものだろうからさ。それを掠め取った木端悪魔は、きついお仕置きが必要だよな?」
大和と揃えて誂えた指輪をしている方の手をぎゅっと握りこんで、北斗は拳を作る。即座に地面を蹴り、一気に肉薄。必殺の一撃と言える千烈突きが炸裂し、悪魔の身体を次々に穿っていく。サマナーの攻撃に合わせて、霊鳥と幻魔も、それぞれに万魔の一撃と炎の乱舞を解き放つ。
いかに龍脈の力を吸い上げ強力になった悪魔といえど、今の力の源と言える龍脈そのものを大和に抑えられ、結界に囚われた状態では能力を十全に発揮できはしない。
力を吸ったことで巨体になったことも災いした。俊敏に動き回る悪魔使いの挙動に、龍もどきはついていけない。身体を傷つけられ、身悶えながら反撃をおこなうものの、放つ紫色の輝きも、牙や尾も、一切北斗や彼の仲間を捕えることができずにいた。
「大事な子を待たせてるんだ。さっさと片付けさせてもらうよ」
告げる声は氷点下よりなおつめたい。あいつ怒るとああいう感じになるんだよ、とは、後々語られる幼馴染の志島大地の言だった。
――そこから先は最早戦闘とは言えないものだった。ほぼ一方的な蹂躙劇。それが閉幕するまでには、そう時間はかからなかった。
***
「ただいま、大和」
夜が明けるより早くに討伐部隊は風穴から引き上げてきた。誰より早く戻ってきた北斗の報告によれば、怪我人も殆どないとのことである。
「予定より早かったな、北斗」
龍脈を介して戦闘の結果はリアルタイムに得ていた大和だったが、それでも実際に戻ってきた姿を見ることには安堵が生まれる。
もっとも、今は作戦中であるから腑抜けたところを見せるわけには行かない。
常のように凛と、堂々とした局長らしい佇まいで、大和は北斗を迎える。
「大和の顔が早く見たかったからね。他のみんなに断り入れて、俺だけ急いで先に帰ってきた」
おそらく妖獣の力を借りてきたのだろう。彼の肩の上には、つぎはぎのうさぎの姿をした悪魔――イナバシロウサギがくっついていた。
「仕方のない奴だな。だが、良くやってくれたのは確かだ。御苦労」
「お前やみんながバックアップしてくれたんだもん。これで負ける方がすごいよ。当然。ああ、そうだ。大和、手だして」
「? なんだ?」
他の者が相手であればこう無防備に手を出すようなことを大和はしない。だが、北斗は大和にとって掛け値なしの特別だった。言われるまま、白い手袋に包まれた手を、大和は差し出す。
その掌に、月の光を凍らせたような冷たく透き通る結晶がひとつぶ零れ落ちた。うずらの卵ほどの大きさをした輝石の中心では青白い光がひらめき、あるいは渦を巻き、凝ったかと思えば花のようにぱっと散る――一瞬たりとて同じ顔、同じ輝きを見せることはない。うつくしさと共に、強く純粋な霊力が感じられる。まるで龍脈が凝ったかのようであった。
「例の悪魔を倒したら出てきた。龍脈の力、どうも完全に消化しきれてなかったみたいでさ、吸収しきれなかった純粋なちからが集まってかたちになったんじゃないかって史の分析。上澄みだけで悪魔があんな形になったり強くなるとか龍脈こわいね。でもそれ自体は危険なものじゃないみたいだし、綺麗だから大和に上げる」
「綺麗云々は置いておくとしても、ふむ、龍脈の結晶であれば有用なものだ。受け取っておこう」
「誕生日プレゼント、まだ用意できてないから今日の所はそれで我慢してね」
申し訳ないように眉を下げて笑う北斗に大和はかぶりをあきれたような顔をする。
「なんだ、まだ気にしていたのか。気にするなと言っただろうに」
「だって俺がお祝いしたかったんだよ。今年で大和は二十歳じゃないか。お酒のむのもいいなーとか、色々今日の為に考えてたのに」
言って子どもの様にすねた顔をする青年を見て大和は、ふと溜め息を吐いたのち、耳下に囁きかけるように口を開いた。
「全て片付けたら改めて祝ってくれるのだろう? それで良い。第一、来年もその先もあるではないか。君は……共に居てくれるだろう?」
「! 大和……」
実力のほかには一切の保証のない世界で、それでも先の話を大和が口にしてくれることに北斗は息を飲み込んだ。かっと胸の奥が熱くなって、抱きしめたくて仕方なくなるが、ここは現場であるからと必死に自制する。
「君が祝ってくれる。祝おうとしてくれることに意味がある。そのことを君が教えてくれた。私とて木石ではないのだ。君が思いを傾けてくれることには心も動く」
「それなら、すごく嬉しい。大和が誕生日楽しみにしてくれるなら、うれしいよ」
「あまり直截に言ってくれるな。……確かに楽しみではあるが、別に特別なことなどなくても良い。君がおめでとうと言ってくれるだけで、いい」
言って、少し視線を外す大和が愛おしかった。北斗は懸命に自分の腕を握りこんで、息を整える。そして、真っ直ぐに愛しい相手を見て宣言した。
「来年もその先も俺が大和をお祝いする。何度だっておめでとうって言うよ」
北斗の返答は、大和の琴線に触れるものであったらしい。逸らされていた視線が北斗を向き、あえかに微笑む。
そうして大和が笑ってくれることが三年かけて紡ぎあげた縁や思い出の延長にあるのだと思うと幸せだった。来年もその先もそうしてつないでいきたいと思うものだった。
「であれば、わたしの伴侶たる男が、何時までもむくれた顔をしているな」
「はあい、お疲れ様、大和。……愛してるよ」
労いと愛の言葉を――最後の部分だけは大和にだけ聞こえるように声を潜めて――告げれば、大和は「……帰るぞ」と宣言して北斗の肩を叩き、直ぐに離れていく。
その耳元がほんのり染まっていることに気付いて、帰ったら存分に抱きしめようと北斗はひっそり決意するのだった。
ふたりきりで休みが取れ、改めて誕生祝いの席を設けたその場で、結晶を半分に割って作った揃いの護符が大和の手から渡されて――北斗が驚かされることになるのは、それからしばらく後の話である。
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