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デビルサバイバー2(主ヤマ時々ヤマ主)中心女性向けテキストブログです。
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ようやく完結です。なんだかんだで三万四千文字文字越えェ……
いまさらですがタイトルは輪るピングドラムの後期OPより。
ほんとはこう最後の方のさらっと説明で流した辺りも書いてみたかった気がしましたが、そのあたりをきっちり書くと凄い長編になってしまうのでこんな感じで。

この後はなんだかんだでアニメの結末にたどり着くのでは。
今回失敗したのは、ヒビキくんがひとりだけで背負おうとしたからなのかな、背負い続けて誰にも話さなかったからなのかな、となんだかあのアニメ最終回を見た後だと思います。それを見ていたひとたちもまたそれぞれに自分にできることを背負ってわけることなく逝ってしまったので。
9話後くらいにプロットきったので今考えるといろいろツッコミどころ満載ですが。

割と人を選ぶ話でしたがここまでお付き合いいただきありがとうございました。


以下の表現を含みます。
※アニサバがループしてたら、あるいは前の周回があったらというパラレル妄想。
※当然のように腐ってる。ヤマヒビかヒビヤマ
※名前こそ久世響希ですが、ヒビキくんというかゲームのウサミミさんっぽい。ヤマトさんも同上。
※ヒビキくんの片腕が欠損してる描写有。さらっと欠けてる事だけ書いてるのでぐろはないです。
※基本的に流れはアニメ寄りで改変してる感じ(死んだ人が生きてたり)。一部に原作から引っ張ってきたネタ、展開を含んでいます。

※キャラクターの死亡表現有り(複数)。

それでもよろしければ続きから最後までどうぞ。




 龍脈とターミナル機器によるバックアップがあったとはいえ、生身での転移は予想以上の負荷をヤマトにもたらした。
 ヤマトの行う長距離転移は龍脈の道に添って行うものである。見えざる流れ、世界の表層の裏側を通る、大河のごとき無色の概念を渡るのだ。地よりもなお深い深い場所を往く龍脈の只中に、今ヤマトとヒビキは存在していた。
 無彩のひかりのながれのなかにいるようにふたりには認識できたが、それは人の知覚に合わせてのこと。ここに存在しているのは何者でもなく何物にもなれる膨大な情報と概念たちだ。
 術で身を守らなければ、容易く流れの中に飲まれてしまいそうになる。矮小な人間の存在など、このなかにあってはあっさりと昇華されてしまう。
 ヤマトは己とヒビキの周りに結界を展開した。龍脈は加護をもたらすが同時に毒でもある。必死に抗い、出口を求めるほどに肉体が苦痛を訴える。転移の行使による負荷、龍脈に融解しないために結界を維持する負荷、流石のヤマトであっても咽喉を震わせてこぼれそうになった苦痛の声を、どうにか漏らさず飲み込んだ。ヒビキが負担を幾らかでも引き受けていなければ即座に五体が千切れ飛び、ヤマトは何処にもたどり着けなかったに違いない。
 それほど長距離の空間移動とは、人の身に余る所業だった。
(保たない、か……)
 そんな思考がちらりと浮かぶ。だが、否だ。保たなくとも保たせなければならない。ここでヤマトもヒビキも倒れれば以降の戦いを乗り切ることは極端に難しくなる。ふたりほど突出したサマナーは残念ながら他に何処にもいない。理想の実現以前に審を乗り越えられず人類が滅ぶこと自体、ヤマトには看過できる内容ではなかった。
 仮令己の心臓がはじけ飛び、四肢がはぜるとしても、東京に辿り着かなければ。――あるいはヒビキだけでも。
 そんな己の思考の変化に気付く余裕も、今のヤマトにはなかった。周囲に満ちる龍脈の加護を望んで引き入れる。最早痛みは痛みとも形容しきれぬ熱のようだった。峰津院大和と言う存在を浸食し、ゆさぶり、どこまでも苛む。呼吸が止まりそうなほどの激痛に全身がきしみ、悲鳴をあげている。それでも、まだヤマトが心身どちらも四散せずに己を保っていられるのはヒビキのおかげだ。
 彼に己の苦痛をもう幾らか譲り渡すことも考えたが、苦痛と負担に慣れたヤマトでさえこうなのだ。能力はともかく精神的には市井のものであろう彼にこれ以上を預けて、その心臓がこの場で止まられても困る。
 色のない光のながれのなかに、ぽかりと開いた穴のようなものとして認識される点がある。あの場所が出口。東京支局のターミナル。あと、少しだ。
 タワーの近くは龍脈が力を増す。その流れに負けぬように、ヤマトは意識を集中する。ぎしりと骨身がくだけそうなほどに軋んだが、あと少しなのだ。
『ヤマト』
 その時、不意にヤマトの身体から痛みが遠のき和らいでいく。暖かく、優しい気配。自分に寄り添ってくれていたヒビキの霊力。それをこれまで以上に身近に感じた。まるで、抱きしめられているようだった。
 霞み始めていた視界が明瞭に晴れていく。隣で穏やかに、清々しく、星のような碧眼が微笑む。
『ヤマトだけに、背負わせないから』
 肉声ではなくこころを震わせたヒビキのこえに、ヤマトは己と言う存在が貫かれるような衝撃を覚える。その時浮かんだ激しい感情は名づけえぬ複雑なものであり、叫びだしたくなる――ヤマトの今までの人生にはなかったものだった。
 やってくれた。この男は! そのようなこと、望まなかったというのに。どうして。
 それでもヤマトは峰津院大和だった。己のするべきことを、誤ることは、なかった。
 視界同様正常に戻った心身で、龍脈の大いなる流れをその刹那完全に御し、ヤマトはヒビキをつれて外界へと渡りきる。
 その先に持つものを知っていた。ヤマトの表情は安堵や晴れやかさとは程遠く、苦渋と怒りに満ち満ちていた。


 東京のターミナルルームに辿り着いた瞬間、それまでふたりを仲介していたイナバシロウサギがとうとう耐えかねたように実体を失い、データに還元されていく。
 そちらに目をくれる余裕はなく、ヤマトは、降り立った己とは真逆に最早身を支えることも叶わず崩れおちたヒビキの身体を抱き上げた。
 彼が身に着けた白と青の衣服はまるではじめから赤色を着こんでいたかのように、内側からの出血で真紅に染まり、だらりと床に伸びるままの手足、裂けた衣服から覗きみえる白い肌には痛々しい傷口がいくつも刻まれていた。
 元々色白ではあったがそれでも健康であった顔色も、今となってはまるで紙のようだ。くちびるも青ざめて、口の端からこぼれた血の色だけが鮮やかにあかい。
 ヤマトの身体も強引な転移の影響であちこちが裂け、出血していたが構わぬ様子だった。自分よりも腕のなかのヒビキのほうが重篤であると知っていた。
「……っ、は、」
 そのまま、ヤマトはターミナルルームから矢のように駆け出そうとしたが、ヒビキが大きく血交じりに急き込んだことで足を止める。最早ヤマトに抱えられて移動することすら今のヒビキの肉体にとっては負担であるらしい。
 抱いた身体は体温が下がり始め、随分と軽い。もともと彼は傷ついていた、片腕をなくし、瞳を盲いて、それでもなお戦い続けることを選び、北海道まで跳んできさえしたのだ。
「ぐ、ぁ…ふ、…ヤマト、きみ、は…ずっと、こんな…くるしかったんだ、ね……」
 ごぼりとまた赤黒い液体を吐き出しながら、ヒビキは少し弱ったように笑う。
「喋るな! 貴様、私にかかる分も負担を全部、もっていったな!?」
 きりきりと柳眉を吊り上げ、赫怒を露わにするヤマトの表情は視力をなくした青い瞳には見えなかっただろうが、その声がほんの微かに震えていたことはヒビキの耳にも届いていた。
 ひゅうひゅうと咽喉を鳴らしながら、苦しげに、それでもヒビキは返事をする。
「だっ、て、あのまま、じゃ…共倒れか、ヤマト…きみのほうが、全部…せおっていきそう、だった、から」
 乱れ掠れて紡がれる声に、それでも後悔の色がないことに、ヤマトは己が昨晩彼をどのように皮肉ったか改めて思い出す。幸福の王子。誰かのために己の持てるものを投げ出して他者の生を購おうとする。
 甘い甘いと評し続けてきたヒビキの性質を、決して忘れていた訳ではなかったのに。
「愚かな、だからといって、なぜ貴様がここまでする……!」
 ヤマトは歯噛みしながら再度駆け出そうとしたが、それをヒビキの声が弱く留める。
「……なあ、ヤマト、きいて。わかる、だろ…もう、……」
「黙れ。ジプスのすべてを用いても、ヒビキ、貴様を生かしてやる」
 ヒビキを動かすのが難しいならば、医療技術を持つ局員を呼ぶほうが良いと決めてヤマトは携帯で外に連絡を取ろうとする。だが、
「いいんだ、…きみなら、わかる、だろ。手遅れだ、って、こと……」
 ずたずたに裂けた指がヤマトの手にかろうじて伸びる。ふれる。その指からも、抱きしめた身体からも、すでに体温も脈もほとんど感じられない。刻一刻と命が失せていく。その力はあまりにか細く弱々しかったが、彼の告げた事実とそのてざわりは、大和を制止するには十分だった。
「…っ!!」
 言われるまでもなく、本当はわかっていた。もうどうしようもないことを。ヒビキがあの時、ヤマトを生かすことを選択したのだと。ヤマトが受けるべき術式の負担、龍脈からかかる負荷。そのすべてを、あの瞬間にヒビキは一切合財己に移したのだ。それだけではない、元々ヤマトの身体を苛んでいた龍の毒の残り火すらも。今のヤマトは傷こそいくらか残っているが、健常といっても相違ない。
「度し難い、愚か者が……!!」
 その声はヒビキを責め立てているというよりも、ヤマトが自らを嫌悪しているかのようにひどく苦い声音だった。
 ヒビキは、手を必死に伸ばして、ヤマトの頬をそっと覆った。見えることのできないものを、少しでも感じ取ろうとするような動きだった。
「ごめん、…ね。でも、俺にとっては、ヤマトも、やっぱり、仲間…ともだち、だから……」
「何故だ。私とお前は道を違えている、だというのに、どうして命を賭けてまで助ける意味がある? 敵として、排除を考えれば良かろう。こんなことをしても、私はお前の望みには添わないのだぞ」
 冷徹な局長としての顔が、今ばかりははがれていた。途方に暮れた少年の顔を、ヤマトは垣間見せる。
「……自分と違う可能性を排除するんじゃなくて、さ。ヤマトの望む世界も含めて世界を、未来をどうしたらいいのかって、ヤマトも、ロナウドも、他の皆も、違う意見も突き合せて一緒に考えたかったんだよ」
 道は違うけど敵ではないのだと、そういいたげな様子だった。命の最後の一滴を絞り出すかのように、ヒビキは出来うる限りを、己の想いをヤマトに告げる。
「それで貴様が倒れては世話のない話だ……」
 ヤマトはヒビキをあざ笑おうとした。だが、できなかった。
「本当のこというと、難しい理由はどうでもよくて、俺、君を助けたかったんだ。それが一番の理由だよ」
 弱々しく、今にも消えてしまいそうなかそけき笑みを浮かべたヒビキは、死の影を色濃く浮かべながら、それでもなお毅然として美しかった。ヒビキの言葉は続く。
「俺よりヤマトの方ができること、知ってること、おおいんだから。俺よりヤマトが生き残る方が効率的だ。ねえ、君は強いんだ。だから、できるだけ、たくさん、たすけてくれない…かな」
 口を閉ざしてしまえば、もう何も話せなくなると理解していたかのように、ヒビキはその呼吸の続く限り、ヤマトに話しかけつづける。まるで、何かを、少しでも残そうとするように。
 末期の願い。ヤマトですら、耳を傾けても良いとそう思えるほど、ヒビキの声は切実だった。
「一般人の俺がこんなにがんばれたんだから、ヤマトが一人でも多く助けたら、そのなかから、ヤマトが望む強い人が生まれるかもしれないんだよ」
 甘い、甘い、ヒビキらしい言葉だった。あまりにもおさなく、夢見がちで、愚かで、だというのに、ヤマトにそれでも遮ることを、戸惑わせる。
「ねえ、弱さを少しだけ許して欲しい。未来を、可能性を信じてみて欲しい。迷ったり苦しんだりする中に、新しい選択や可能性を見つけられるかもしれないんだ。あきらめ、なかったら。だから、まだ、きめてしまわないで」
 少しずつヒビキの声が小さくなる。おぼつかなくなる。耳を澄ませても聞き取れなくなりそうだった。そして、この声が途切れるときが終わる時だと、ヤマトもヒビキも理解していた。
 ひとはかわれるんだ、とそこまで口にしたところで、ひときわ大きくヒビキはせき込み沢山の血を吐いた。ヤマトにも吐血が降りかかる。冷えていく身体と裏腹にその血はまだ熱を残していた。
「戯言、だ。何の根拠もない……だというのに、おまえは、」
 ヤマトは常の冷徹さでヒビキのあまさを切り捨てようとして――だが少しだけ躊躇いを覚えてしまった。幼く、夢見がちな、一般人らしい、その信念で、そのつよさで、ヒビキはこれまで戦ってきた。そして、己の命を引き裂いて分けるようにして、彼のできる限りは掬い上げて見せた。ヤマトさえも、その手に引かれて、今ここに居る。生きている。
 そのわずかな逡巡をヒビキは聞き取ったようだった。どこか満ち足りたように、穏やかな顔で目を閉じる。
「たわごとで、いいよ。やまと、も、いま、ちょっ、と、まよって…かんがえて、くれた、ろ」
「……ヒビキ」
 ヤマトは気づけばその身体を強く強くかき抱いていた。零れ落ちていく命を引き止めようと繋ぎ止めようとするかのようだった。そのようなことは非合理で何の意味もなさない。だというのに、感情のままに、ヤマトはきつくヒビキを抱きしめる。最早痛みはないのか、ぬくもりが伝わることに安堵しているみたいに、ヤマトの腕の中、ヒビキはしずかに細く息を吐く。
「さいご、だから、いいたいだけ…いわせ、て、やまと……また、        」
 中途で声は不自然に途切れて消える。力の失せた指が、ヤマトの頬から滑り落ちてだらりと力なく垂れさがる。その瞬間、ヒビキが口に仕掛けた言葉の続きを知る機会を、ヤマトはこの時永遠に喪った。
「ヒビキ? ヒビキ、ヒビキ!」
 名を呼ぶ。何度も、幾度呼んで揺さぶっても、最早動かなくなった身体が熱を取り戻すことはない。彼岸と此岸の間がどれほど遠く隔てられているかなど、霊的世界について見知るヤマトは理解していることであったのに。
「ヒビキ、どうした、私を止めるのだろう! そして、価値のあるものを示すと、そう言ったではないか……!!」
 揺れていた、弱っていた。峰津院大和にはあるまじきこと。ヤマトのこえはどこか幼く、よるべをなくした子供のようだった。実際、本当にヤマトが童であったときにもこんな声は出したことがなかった、そんな、今までになかった悲痛な叫びだった。
 不可避の事実が、ヒビキという存在の喪失がヤマトの胸を毒矢のように、激しい痛みを伴って突き刺してくる。
 その甘(つよ)さを貫き通して、ヤマトの手の届かぬところに彼は去って行ってしまった。勝手に助けて逝くなど愚かな男だと笑い、投げ捨てることもこれではできない。
 この腕の中に残るのは、抜け殻だ。ヒビキの魂はここにはない。ヒビキが終わるその瞬間を、ヤマトはその身で感じ取った。
 人の死など幾度も対面した。この災厄が始まって以来、あるいはその前も、何人もヤマトの見ている前で命を落とした。この手で誰かを楽にしたこともある。それなのに、そんなヤマトが惜しんでしまった。こんな結末は認めないと思ってしまった。
「ヒビキ……私は、弱さを許さない。弱さを、憎む」
 軽かったはずの身体は魂を失ってずしりと重く、冷えていく。肉の塊と化したヒビキのなきがらを、軋むほどに抱き締めて、ヤマトのくちびるが呪詛のように、嘆きのように、断罪するように言葉を紡ぐ。
「――何故なら私の弱さこそが、お前を殺し、可能性を潰えさせたではないか! 許すことが、できるものか……」
 紫の双眸は、決して涙に濡れることなどなかったが、かわりのように紫の焔を燃え上がらせた。それは紫電よりも鋭く、紫水晶よりも冷たく、頑なに凍えていた。

 嵐のような激情が過ぎ去れば、ヤマトは最早何を言う事もなく、一切の感情を削ぎ落とし――ヒビキを抱いたまま、今度こそターミナルルームを後にした。

***

 輝くもの、久世響希を欠いた後の、試練の日々について語ることはそう多くはない。

 久世響希の死は――死に顔動画はなぜか届くことはなかったらしい――民間協力者であるサマナーたちに大きな衝撃を与えた。幾度も彼らの危機を救ったヒビキは、何時の間にか彼らの支柱にもなっていたようだ。
 ヒビキに命を救われた者たちの動揺は激しく、それ以上に志島大地は見ていられない位に取り乱した。嘆いた。結局、幼馴染をひとりで死なせてしまったと。
 それでも彼はヒビキの死についてでヤマトを責めはしなかった。ヒビキが命を賭けて最後に救ったのがヤマトなら、その相手を責めることなどヒビキが望まないと、泣きながら、くしゃくしゃに顔をゆがめながら彼は言った。ずっと傍で、身を削りながらも誰かを掬い続けた幼馴染の姿を視てきたダイチだ。どんなに理不尽で、悲しく、許し難いと思っても、ヒビキの想いを汲もうとしたのだろう。それでもダイチが立ち直るのには時間ときっかけを要した。
 新田維緒が、ミザールを討つための方策としてルーグの憑代となり、ブリューナクを用いたことで、ヒビキの死の翌日に命を落としたこと。それがダイチを決定的に変化させた。
 イオに対するジプスからの生贄宣告に、ダイチをはじめとする民間のサマナーたちは当然反対し、ほかに手段はないのかと探そうとしたが、当のイオは、『ヒビキくんが助けてくれた命だから、その命を誰かを守るために返すだけ。こわくないよ』と、意志の定まったひとみで受け入れた。彼女は憑代としての役割を果たし切り、己の精神が完全に崩壊する瞬間、ルーグを暴走させないために自ら命を絶とうとした。それを止めたのは他のサマナーたちだった。結局、イオは助かることはなかったが、それでもルーグの力で誰を殺めることもなく、人として看取られ、穏やかに逝った。
 ヒビキの死をダイチは影のように引きずっていたが、イオの死に立ち会った時、彼女に何事かを託され、頼まれたらしい。志島大地はそこから目に見えて変わった。意志を強く持ち、覚悟を決めた様子だった。欲しい世界を見つけた。自分はヤマトの望む未来には従わない、ロナウドたちが望む道とも違う道を行く、とはっきり宣言してさえ見せた。その上でセプテントリオンとは共に戦う、と。その傍らにはヒビキが残したスザクの姿が守護神のように存在していた。
 
 最後の日、最強のセプテントリオンであるベネトナシュとの戦いは熾烈を極め、悪魔を送還する能力も相俟って多くのサマナーがその戦いのなかで命を落とした。
 ヒビキが助けた人間も、その中には含まれていた。彼らは死に顔動画が届いてたにも拘らず、皆それぞれの意志で出撃し、己にできることを果たそうとして散って行った。
 最後に残ったのは、ヤマトを除けば、志島大地、栗木ロナウド、迫真琴――ほんの一握りの人間だけだった。
 ロナウドとダイチの間では、どうやら何時の間にか思想の決着がついていたらしい。栗木ロナウドはダイチをポラリスの元に行かせるため、ヤマトとマコトの前に立ちはだかり、結果としてマコトが残ってロナウドを足止めることとなった。無の浸食はすぐそこまで迫っていた。残ればどうなるか、マコトもロナウドもわかっていたはずだが、それでも己の信じるもののために残留を選んのだ。
 龍脈のような超常の加護なくして、アーカーシャ層に至るターミナルを動かすことはできないかに思えたが、ダイチもまたアーカーシャ層へと至った。どうやら姿を見せぬアルコルが大地に肩入れをしたようである。
 ダイチとヤマトが望む世界は違う。ポラリスに謁見する前に、当然ながら雌雄を決することとなった。
 志島大地が圧倒的に不利であるかに思われたが、彼は驚くべき粘りを見せた。ヒビキから託されたスザク、そして、その想いを力として新たに呼び出した悪魔ジャアクフロスト。二体の強力な悪魔だけでなく、弱小の悪魔も知恵の限り駆使して、ヤマトに食らいついた。シャッコウの加護がヤマトに味方していなければ、あるいはダイチが最後に立つ未来もありえたかもしれない。
 ダイチは、最後にごめんな、と言った。
「ごめんな、ヒビキ。おまえにだけ任せたまま、世界をかえらんなかったよ。新田さんにも頼まれたのに、やり直せたら、やり直せるなら、今度こそ、お前にだけ背負わせたりしないって、守るってそう思ったのに。決めたのに。みんなも……ごめんな」
 すべての悪魔を失い、ぼろぼろになって、それでもダイチはヤマトに立ち向かい、叶わなかった。
 最後まで、幼馴染に、新田維緒に、他のサマナーたちに己の力不足を詫びながら、ダイチは倒れた。
 戦いの中で語られた、ダイチたちが望んだもの。それは、実力主義でも平等主義でもない、世界の回帰。喪われたものの復元。
 そんなことをしても何が変わるはずもない。記憶を引き継げる可能性は限りなく低い。あるいは存在そのものが齟齬をおこし消滅するかもしれない。仮令、記憶や存在を継続できたとしても、何も変わらなければまたこの一週間、ポラリスの審判が繰り返すだけだ。
 一顧だにする価値もない。くだらない。だというのに。
『弱さを少しだけ許して欲しい。未来を、可能性を信じてみて欲しい。迷ったり苦しんだりする中に、新しい選択や可能性を見つけられるかもしれないんだ』
 不意に、響希が最期に残した言葉がよみがえる。
 この世界に、最後にただ一人残った人間であるヤマトは、理想の実現を前にして、棘の様に己の胸を突き刺す感情に顔を顰めた。
 もしも、やり直すことができるなら。そうして、そこに可能性があるというなら。
 ヤマトは刹那だけ目を伏せ、直ぐに開くと、世界の果てを仰ぎ見た。
 アーカーシャ層の上天、宙の彼方から降り注ぐ神々しい光。セプテントリオンと比べてなお圧倒的な存在感と威圧感。大気を震わせて、ポラリスが降りてくる。
 世界の管理者の姿を振り仰ぎ、ヤマトは口を開く。今この瞬間、己が望む世界の在り方を。

「ポラリス、私の望みは――」

 虚空蔵の主は、ヤマトの望みを認め、世界の再編をはじめる。書き換わりゆく世界のなかで、ヤマトはうつくしい青色を思い出し、静かにそっと目を閉じた。


『意外だな、ヤマト。君がまさか、世界の回帰を願うだなんて』
 巡る廻る星の光の海、世界の全てが巻き戻っていく最中、肉体はほどけ魂のみとなって再生を待つヤマトの意識に、アルコルの声が語りかけてくる。
 ヤマトとは既に決定的に決別した相手だ。殺されかけたことも今となっては最早どうこういうようなことでもない。話をすることなどないはずだが、ヤマトは己の意識が、記憶が砕けて融けていかぬよう、自我を保つようにアルコルの問いに答えを返すことにした。
「私の命はヒビキに救われた。だから、あれの想いに一度だけ報いてやろうと思った」
『君の望む世界に手が届きかけたのに、かい?』
「そうだ。私ならばこれが理想を実現する、最後の機会ではない。戯言が現実になるならばそれもよし。なお繰り返すならば、潰えた可能性を拾い上げ、より良い形で世界を再編する。このまま喪うには惜しい強者も何人かいたことだしな」
『ヒビキの死は、君に何かを残したんだね。……君がこの記憶を有したまま、回帰できる可能性はとても低いよ』
「ほざけ。私を誰だと思っている。峰津院大和だぞ。そこらの凡俗どもと一緒にするな。私はこの記憶を――引き継いでみせる」
 決然としたその言葉は宣誓だった。そう、この記憶を、後悔をヤマトは引き継ぐ。より良い形で実力主義の世界を生み出すために。……永遠に失われた彼と、もう一度出会うために。
『そうか。それじゃあ、ヤマト……また会おう。今度は違う結末が見られるかな』
 会話のなかでなにがしかの納得を得たのか、アルコルの気配が遠ざかる。
 完全にアルコルの存在が感知できなくなった辺りで、ヤマトは己が情報に還元されていくのを感じていた。いよいよもって世界は復元を迎えるようだ。

 祈りなど持ち合わせていない身で、ヤマトは最早だれにも聞き咎められることも、知られることもないからこそ、ねがいを、こころの内で紡ぐ。

 私は、強者が弱者にすりつぶされることのない世界を望む。
 強き者が光をあびることができる、正しく美しく整えた世界を、ヒビキ、お前に贈ろう。
 あるいはお前が人類の導き手、真に強きものとして立つならば、そこに私自身がいなくともよい。
 それまで、お前は私を理解することなく遠いままでも構わない。
 いっそ私を憎み、私と違う道を探し続けるがいい。
 それでも、お前が生きていてくれるなら。

 今度は彼を傍に置こう。心は遠くていい。彼は情などこちらに向けなくていい。
 私は彼を守るだろう。あの、夢幻のような夜が二度と訪れることはなくとも。
 もっともある程度の力は発揮してもらわなくては困る。生き残ることができない。はじめは、彼と彼の周りの人間の成長を促すべきだ。
 どのような経緯をたどるとも、最終的に私の傍に居れば、傷つけさせなどしない。
 そうしてお前が生き残るなら。
 お前ならば、私に違う可能性を見せようとした、最後まであきらめないで、と、そういう強さを見せたお前ならば。より良い世界をつくれるのだろう?

 ――今度こそお前を死なせない。

 そこまで思考して、ああ、と、ヤマトは思い至ってしまった。できればそれは気づかない方が良いことであったのかもしれなかったが。
 口があれば、きっと、皮肉に歪んでいたはずだ。
 ここに至って、まさか、真実を察するなど。
(ああ、そうか。ヒビキ。お前もまた、誰かを救うために世界を巡らせたのだな?)
 やっと理解した。あの時々遠くを見るような目も、出会って数日とたたぬのに彼が仲間と呼ぶ者たちにかける情も。
 ヤマトの知らないかつて、いつか、があったのだ。これまでにも繰り返していたのだ。
 そして、ヒビキはそれを知っていた。覚えていた。だからあんなにも必死に、己を犠牲にしてまで死の運命を覆そうとしていたのだ。
 次の彼は覚えているだろうか? 覚えていなければいい。引き継がなければいい。
 そうすれば、彼はあんなにも自身を投げ打つことはない。
 何も持たない彼を自分は見つけられるだろうか? ヤマトは自問する。
 目の奥に今もなお残る、彼の意志の輝き。強さと甘さ。
 出会えるかは、わからない。それでももしも再びあえるなら今度は、過たない。それだけは決めていた。
(お前が死なぬように私が場を、流れを、できる限りコントロールしよう。盤面を整え、駒を運び、キングを生かす。……ヒビキ、お前自身から何も失わせない。守ってみせる。そうして今度こそ、……)
 そこで、ヤマトの思考は一度散逸する。
 意識が途切れる直前、ヤマトが最後に思い浮かべたのは、自室でヒビキとかわした、あまりに他愛ない会話たちと、たのしそうに笑った彼の顔だった。

 ***


 かくて、それと知られぬままに、世界に幾度目かの終末が訪れる。

 ジプス東京支局、モニタールーム。
 ポラリスの最初の一撃を乗り切った人類に課せられた最初の試練、貪狼星・ドゥベ。後に顕現するセプテントリオンと比べれば小手調べともいうべき存在だが、それでも一般人や覚醒したてのサマナーでは手に余る存在だ。
 みずみずしい銀色の髪をした黒衣の少年は、審判を告げる大時計の上に立ち、正面モニターに映し出された、一人の人物を凝視する。
 高位の神獣ビャッコを召喚せしめ、見事に使役し――ドゥベを倒して見せた、黒髪と青い瞳の少年の姿を。
 それはずっと、待ち焦がれていた相手だった。無意識にはじめて、理想と天秤にかけても切り捨てられぬと、失いたくないと思ってしまったもの。ただ一度だけ過ちを犯してしまうほどに、このこころに突き刺さった抜けることのない棘。
 忘れ得ぬ記憶、忘れ得ぬ後悔。彼を守り得て初めて、あの時の弱さを拭い去ることができる。己と並び立つ、あるいは己を超えていく可能性。ただひとりの、  。
 再会の歓喜は、自然に形の良い唇をほころばせ、あやかな笑みを形作る。
「確保だ」
 命令の声は高らかに、今ひとたびの、ふたりの始まりを告げた。

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